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「できる」の弊害
それで、一つには今まで述べてきたような意味で、オペレーションそのものよりも、そこに内在する意味や目的、また、それに伴う意識や考え方といった点を重視して、その視点から実際の作業や動作を評価するような感覚が必要になると思うのですが、仮にそう意識していても、この頃になると「本当にこういった学習が活かされているんだろうか?」というような疑問が出てくると思います。つまり、学習している内容と、日々の実際の作業との「乖離」が目に付くようになるのです。

たとえば、最初のほうでは一生懸命指導について行こうとしていた人も、この辺りに来ると息切れしてくるのか、習得意欲が薄れたように見えることがあります。

心構え的なことはちゃんと自覚しているように見えるのに、作業するときには、それはそれでまったく別のこと、というように自分勝手なやり方を続けている、とか。

また、指導要領は、今やっている1項目を習得したと認められない限り次に進まないことを原則としていますので、ともすると、途中で停滞したままで、それを指摘されずにいると本人も長期間無為に中断していつの間にか平気になっている場合もあり得ます。

はっきり言って、これは教えようとしている方から見るともう仕事の「放棄」に近いのですが、おそらく、指導の内容は別としても、この項目を学ぶ時期はちょうど「当初の意欲が薄れたり、指導効果について迷い出したりする時期」に当たるのではないでしょうか。

一方で、そうは言っても日常の作業を繰り返していると、そういった面は別として毎日繰り返しオペレーションを行っているうちに、本人の意識としては何となく「仕事は仕事としてふつうにやる」という感覚になってしまう、という面があります。

もちろん、お店というのは店長候補さんを指導するために存在しているわけではありません。ですから、いくら指導に熱を入れていると言っても、それは結局本来の業務を円滑に遂行している中で付随的に行われるのであって、たとえば日々の作業やお客様の対応を「店長候補さんを指導するために」ストップすることは通常できません。

それで、教えているほうの基準と関係なく、教えられている本人が「指導上どう思われていようが、そんなことは関係なく、もう実際は毎日この作業をやっているわけで……」というように、問題意識を持たなくなってしまうのです。つまり、とにかく今やれと言われている日々の作業を「こなし続ける」ことに埋没してしまっている。
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