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どれくらいできたか、ではない
自分に対する評価が低い、また、待遇が悪いのではないか、と感じることは誰でもしばしばある。評価が不公平だとか、適正でないという批判は、どんな組織でも絶えない。しかし、他人と比べてどうこう、という前に、存在する各人に特定の役割があり、それぞれに規準が存在する。それを前提に考えるとすれば、それを満たした業務なり役割なりを提供することで、それぞれに対価が発生することになる。

対価とは、実際のところ、

「どれくらいまで、できたから、どれくらいもらえる」

というようなものではない。たとえば、提供すべき規準の80%を満たしたので、80%の対価をもらえる、というようなものではないということである。規準というのは、そもそも100%満たさなければ成立しないものであって、その達成率を競うようなものではないからだ。

もちろん、最初はできないかもしれない。だからこそ、研修期間があり、現場でのさまざまな指導が前提的に与えられるのだ。しかし、それは仕事本来の姿ではなく、言ってみれば、ごく内部的な、そして、臨時的、例外的なものと考えるべきではないか。そして、最低限、指導が終わって、完全に自立的に、ある役割を任されるようになって初めて、あなたは、その範囲においては規準を満たせるようになったわけで、それに応じた対価を得る根拠を持ったと言うことになる。

とすると、評価がどうこう、という話をする際にも、これを踏まえて話さなければならない。たとえば、特定の作業に対する指導を受けたとき、他の仲間より少しうまくできた、とか、指導されたとおりにできるようになったとか、それは好ましいことではあるけれども、それによって対価が増えたり、特別に高い評価を与えられたりする、というようなレベルの話ではないわけだ。

試験の点数ならば、少しでも高ければ誉められる。100点満点を取ったら奇跡みたいなもので、そもそも試験というのは満点を取れないようにできているほうが普通だ。その感覚を、仕事に持ち込んではいけない。仕事は、最初に「提供する」といった規準に対して100点が前提であり、少なくともお客様は、あらかじめ想定された100点分の値段を支払うのであって、それに見合った価値が提供されなければ「異常」と感じる。仕事は「どれくらいできたか」ではないのである。
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