店長力 > 2012年05月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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段取りは、未来のためにするもの
これを踏まえて、しかし、なぜか他人に指導するという視点で見ると「先に段取りしてから取り掛かれ」と自然に言いたくなってしまうのです。それはなぜでしょうか。

私も最近はっきり意識するようになったのですが、私の考えとしては、実は、段取りなんていうものは、仕事を「通常に」進めるだけだったらあまり必要ないことだという実感は正しいんだと思うんです。つまり「現状維持」なのであれば。

で、指導するときにどうして段取りをさせ、その重要性を強調したくなるのかと考えれば、それはもちろん「現状維持じゃあダメ」だからですね。

これは指導要領でも後の章で提示する「改善」という問題と深くかかわってくるのだと思いますが、段取りというのは「今やっている業務を習得するために行う」というよりも、多くの場合、今後さらに成長したり、業務範囲を拡大したり、仕事の質を高めたりするための「準備」としてこそ意味があるのだと思うのです。

振り返って考えると、何も誰かを指導する時だけではなくて、自分自身でも現状のまま単に日々お店を回しているだけの時は別段なんの準備や段取りも必要だとは感じないのですが、たとえばお店のオペレーションレベルを大幅に改善しようとするタイミングや、あるいは新規に店舗をオープンした当初、または自分なりに何か今まで手をつけていなかった分野のスキルを向上したいと自覚したときとか、つまり「現状維持だけではいけない時」というのはあるわけで、その時には「段取りする」ことが急に重要になってくるという気がします。

この意味で、段取りというのは今することのためにする、というよりも、将来に向かってゆくためにすることなのだと思いました。
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「段取り」にも練習が必要
要約すると、段取りというのは今やっていることの繰り返しや現状維持のためにはほとんど必要ないけれど、今より何か向上しようとか、改善しようとか、新たな事柄を試みようとか、そういう時点では絶対必要になる、という性質があるということだと思います。

ですが、ここが指導すべきポイントとしても重要だと思うのですが、そうだとしても、実際にそれが必要な場面になって、すぐに上手くできるというような代物ではないのが厄介なところだと思います。

つまり、うまく段取りをして、その段取りに沿って仕事を進めてゆく、ということ自体、だれでも一発ですぐにできるようなことではなくて、ある程度慣れというか、その練習が必要だということです。

「段取り」そのものが一種のスキルなので、それを習得するためにはそれなりの理解や試行錯誤が先に必要だということです。

そのため、先に述べたように「今特に必要性を感じない」としても、段取りをして、その結果を振り返るというような方法論自体を習得するために日々段取りをすることは必要だということになると思います。

単に「段取りして仕事しろ」という指示だけでは、店長候補さんにとっては難易度が高くなる上、それが今やっている業務に役立っているという実感も持ちにくいので徒労感も大きくなると思います。

なので、認識として、ここまで述べたような意味での必要性を話して自覚を持ってもらった上で日々の業務に取り組むなら、ここで習得してほしいことはクリアできると思います。
「自分で考える」ための前提
この辺の段階に入るまでに、店長候補さんも今までのように「とにかく言われた通りに」「目の前のことを一生懸命」というだけではなくて、視点そのものを広げるというか、少し変えていかなければならなくなると思います。

言い方を変えれば、ここで初めて「自分で考える」ということを少しずつ許していきます。

と言っても、多くの場合、そういう時期にお店で言われることは「お前ももう新人じゃないんだから、少しは自分で考えて動けないとダメだぞ」とか言って、いきなり業務全般について問題意識を持ったり、自分で工夫したり、ということをさせようとすることです。

当然ですが、いきなり今までの制約をすべて取っ払って自分なりに、みたいなことにすると、多くの店長候補さんは戸惑います。たとえば、叱られたり、評価が下がったりすることを怖れて自分で考えることを避け続ける人、あるいは、何に付いて自分で考えたらよいのか分からない人などが少なくありません。

むしろ、説明が不十分だと、今までの流れで「言われた通りにしないといけないんだ」「全部あらかじめ決められているから、自分の意見など不要なんだ」というように思い込んでしまっていることもありますし、もっと多いのは、結局言われた通りにするだけのほうが楽だと考えて、一向に自分なりの意見や考えを出そうとしない、ということもあります。

何を聞いても「いろいろ考えることありますね……」とか「まだまだ勉強しないとダメですね……」とか言いながら、一向に具体的に自分で考えようとしない(ように見える)人は実際多いです。

そういう言い方をする人の中には、実は「具体的に何をどう考えたらよいのか分からない」というのと同時に「いろいろ考えろと言っても、考えを言ったらどうせまた否定されるだけだ」とか「変なこと言って叱られるのはごめんだ」というような感情の部分での問題がネックになっていて、それでも言われるので一応「考えてはいるんですが……」という構えを見せておかないといけない、というような思いを持っている人がいて、その心理が現れているように思うのです。
脈絡のない「自分の考え」を持ち出すのは間違い
あるいは、逆に今まで学んだ事柄との関連性とか、指導を受けた内容との脈絡から考えて、明らかに方針と反する振る舞いをいきなり始める人。

「自分で考える」というのは、最初はだれでも「良いことだ」と思うでしょうが、実際には案外簡単ではないのですね。当然ですが、自分で考えるという意味は、今まであった指示や、指導内容から「解放される」ということではありません。

自分なりの工夫やアイディアを仕事に反映するというのは非常に有効なことです。しかし、そのためには今まで習得した基礎的な知識や技術、今まで指導要領などで積み上げられた考え方や意図、目的といったこととの関連性、整合性を踏まえた「合理的な」工夫、アイディアでなければ本末転倒になってしまうところがあります。

自分で考えると言っても、上の立場から見ると、その自分の考えというのは当然、上司や店舗や会社といった全体のあるべき方向性や重点の置き方といったことから逸れてはいけないのですから、そういった視点や制約を踏まえた自分の考え、出なければならないに決まっています。

単に「自分で考えろ」というと、そういったものとまったく無関係に、単に自分が以前から持っていた経験や、願望や思い込みをそのまま出してしまう人も出てきます。

極端に言うと、たとえば今まで指導されたことがあるにもかかわらず、それと真逆の「自分が昔からやっていたやり方」に戻してしまうとか。指導を踏まえればそんなことを求められているのではないということは自明のことのように思いますが、その辺をきちんと説明してあげないと感覚的に理解できない人も少なくないような気がします。
特定の作業を精査する
それで、やはり一気にすべての面で、というのは無理がありますので、私はこの段階での取っ掛かりとして、特定の一つの作業の手順や方法を、具体的に詳細に考える練習をすることが有効だと考えています。

ただ、ここでの練習には、状況による都度の判断や、応用が必要なものでなくて、できればより機械的に行えるような作業が適しています。

そこで、私はたいてい「精算業務」を使ってこの練習を行います。お店では、精算業務というのはたいてい比較的しっかりしたルールや手順が決まっているので形が分かりやすいのと、他の作業のように、状況によって都度の判断が入り込む余地が少ない「事務的な作業」なので、練習台としてちょうど良いのです。

店舗で言えば、他にもたとえば「レジ操作」とか「納品された商品の処理」とか、そういう作業がありますが、たとえば、お客様対応が絡むようなものだと、そのお客様によってはこうしたほうがいいとか、状況やお客様の要望によって臨機応変に対応したほうがいいとか、そういう面が出てきやすいです。

商品に関する作業も、その日の客数とか、売り込む商品の優先度とか、状況判断の部分がいろいろ出てくるので、細かい点まで考え直そうとすると唯一の手順がどんな場合にも最良だと決めにくいところがあります。

もちろん、ふつうにお店全体で作業を標準化する場合には、典型的なケースを想定して最も妥当な方法論が選択されることになるでしょうし、すべてのスタッフさんが実行できるようにある程度平易な手順が示されることになります。つまり、大まかに言って、状況判断が頻繁に必要な部分や、より効率的だとしても難易度が高すぎて実行できない人が発生するような方法はあらかじめ排除されているはずです。

つまり、一つには標準化手順というのは基本的に、優先度とか状況判断を排したものなので、もっと精査すれば工夫の余地はたくさんあるのですが、一方で、すでに標準化されているのに、それを独自に工夫して、勝手にやり方を変えてしまうと他の問題を生じます。

このように考えると、お店で行われるいろいろな作業について工夫したり改善したりするというのは、別の面でいろいろな問題が絡んでくるため、この段階では実際にはなかなか難しいのです。

その観点から言って、精算とか、あるいは伝票整理とかいうような種類の作業は、今挙げたような要素が入り込みにくいので、いわば純粋に最適さを追究しやすいという面があります。

そして、お店ではたいてい精算とかいう業務は管理的な立場にある一部の人しか行いません。なので、初めての人がいきなり実行可能な平易な手順、とかいう点を考慮する必要も比較的ありません。
ひとつの作業を書いて洗い出す
たとえば精算という作業を選んだとして、店長候補さんには、ここまでのように「あらかじめ決まった通りにきちんとやる」という視点ではなくて、「今やっている手順は妥当か、問題はないか、もっと工夫できる余地がないか」と徹底的に考えるという視点で取り組んでもらいます。それがここでの練習です。

それで、私はもともとある段階でこのような練習を行うことを念頭に置いているので、他の業務はマニュアルをあらかじめ読んでもらいますが、精算業務についてだけはあえて「口頭の説明」だけで教えておきます。

すると、まず本人は口伝である程度の流れを把握しつつも、特に問題が起きない範囲で細かい部分に関してはあまり深く考えず流れで実行します。もちろん、大きな支障が生じるような手順を行っていればそこは先に指摘しますが、大方、本人が自然な流れで行うに任せます。

で、この段階で今やっている作業方法をあらためて詳細に書き出してもらいます。

しかし実際にやってもらうと分かりますが、まず「やり方を詳細に書く」ということ自体が、簡単ではありません。ごく大まかな「何やって、何やって……」という程度のものは箇条書きできますが、それはたいてい細かい部分では抜けていたりします。

書けと言われると「えー、実際やってみないと書けないー」などと言います。つまり、ただ単にいつもやっている通りのことを書くということだけでも慣れていないとけっこう大変なのです。

もちろん、1回で書き切れなくてもいいです。ある程度書いておいて、実際にやりながら書き加えたり、抜けている部分を指摘したりしながら、まずは「今やっている通り」のことを一つひとつの動作単位まで詳しく書き並べることを目指します。

それが一応完成したら、次に「どうしてこういう動作になっているのか」または「どうしてこの順番で作業を進めるのか」というように、手順の「理由」を考えてもらいます。今そのように行っていることには、たとえば「二度手間にならないように」とか「数えミスを防ぐために」とか、それなりに妥当な理由が伴っているはずです。

それを話し合いながら考えて書き加えていきます。
作業手順を徹底的に考える
そして、次に、それが「本当に合理的か」「最良の方法か」というように細かく考えていきます。

おそらく、ごく細かい部分まで検討すれば、店長さんとか、指導するような立場の人からすると自明の「コツ」や「注意点」のようなものがたくさんあるでしょう。そういう点を議論しながら、あるいは、その指摘点を取り入れて実際に作業してみて、結果どうだったかを話し合ったりしながら、動作や手順を練って行きます。

作成の過程で、今実際に行っている精算手順について改善点が見つかった場合は、それを反映してもいいです。もしかすると、指導する人から見ると「ちょっとそのやりかたはどうかな」と疑問を持つ点があるかもしれませんが、ここではそれを強制的に修正させるのではなく、もし本人がこのほうが自分はいいと思う、と主張するのであれば、問題のない範囲でそれを活かしても構いません。

このようにして、本人なりに「これが一番合理的で、効率的で、確実である」と思えるようなレベルにまで、作業手順の記録を練り上げていきます。

この練習はいわば自分用の詳細なマニュアルを自分で作成するような作業です。ただし、ここでは、それを他の人と共有するという面は考慮しなくていいです。あくまで本人にとって一番良いと思えるまで突き詰めることが目的です。

つまり業務の細分化と、手順や注意点およびその意図、理由などが明確であれば、他の人と多少違ったやり方になってもいいし、他の人から見てむしろやりにくいように感じても、本人がいいと思うならそれで結構です。
改善の「型」を教える
この練習の意味は大きく言って2つあります。

1 日頃、漫然と行っている作業も、あらためて意識的に書き出そうとすると案外難しいということ

これは裏を返せば、日頃行っている作業と言うのが、いかに「自動的に」「無意識的に」行われているのか、ということです。つまり、もっと改善なり工夫なりしようと思えばいくらでもできるのですが、ふだんあまり意識的にそういう視点で自分のやっている作業を確認することがない、ということに気が付くということです。

2 一つひとつの作業や、対応手順の中から問題点を見つけ、全体との整合性を取りながら改善すること

つまり、ふつう急に「自分で考えろ」とか言われると、多くの人は現状とか全体の関連性とかをまったく度外視して、突飛なアイディアや、今着手すべきでないような大掛かりな問題をいきなり考え始めたりします。

それもある段階では有効な場合もありますが、多くの場合は「改善」といっても「今実際にそうなっている」という状況や事情を踏まえて、いわばそれに立脚した現実的な工夫とか改善が求められることのほうが多いのであって、それにはむしろごく細かい点に意識が行くことが重要です。

ここでおこなうのはそういった点を体感するのに適した練習課題だと思います。

実際のところ、店長候補さんにとってこの段階で大事なのは、大きな改善提案や抜本的な改革のようなことを思い付くことではなくて、まずは自分自身のやっている業務の範囲内での効率や要領といった意味でのクオリティを上げてゆくことです。

そもそも、それを自覚していないのに「自分の工夫」とか「効率を考えろ」というような指示だけを与えると、意図に反したおかしな行動を誘発してしまうことにもなりかねません。
店長候補は「ヒマ」だ
ここで、ある意味はっきりと「苦言」を申したいと思いますが、店長という仕事は、まともにやると非常にあわただしくて忙しい仕事になります。店長としてそれなりにコツを得て慣れるまでの間は特にそうだと思います。

それと比べれば、たとえば勤務時間や業務内容があらかじめ適度にコントロールされていて、基本的に今やるべきことに集中して取り組めるような状況は、後で考えるとまだまだ楽です。もちろん、未知の業務や経験を積み重ねたり、上司や指導者からの指示や、意向に沿って判断し、実践したりするのは、それはそれで特有の大変さがあると思いますが、そういう問題は別として、時間の長さや業務の密度などを言えば、店長候補さんと、実際に店舗を運営している店長さんとは、比較になりません。

もちろん、そのお店の状況とか指導スタイル等によって差が出るのは当然ですが、ここで店長候補さんに分かってほしいことは、店長になったら、今と比較にならないほど「大変だ」ということです。

別に脅すわけではありませんが、それくらいの覚悟はしておかないとダメだということです。

それと、裏を返せば、今自分がもし店長候補という立場であって、その段階ですでに業務についていけないとか、ルーチン的な日々の作業だけで満足してそれ以上積極的に自分の力を向上したり、もっと学んだりする余裕がないとか、あるいは、今指導されている内容の習得がいつまでたっても中途半端だとか、そういう状態にあるならば、ここを考えてほしいと思います。

むしろ、今自分が店長候補という立場にあるならば、今は十分にヒマなのだという認識を持つべきです。そして、なぜヒマが許されているかというと、あなたはもっともっと知るべきことや、試すことや、練習することや、聞くことがあるからです。つまり、あなたは店長になるために存在しているので、店長になるために必要な猶予を与えられている。その自覚がないと、今、いろいろ言われて大変だ、大変だと言いたくなるのではないでしょうか? そういう姿勢では

「おまえ、いったい何がそんなに大変なんだよ」

と周囲に思われます。そして、

「今の段階でそんなにアップアップで、これは店長なんてとても無理だね」

と、知らないうちに評価が確定してしまうのです。
諦めてしまう前に
店長候補という立場のうちに、いっぱいいっぱい、というようなことでは、実際に店長にはなれません。

言い方を変えれば、もしかすると店長という役職に就くことはあり得るかもしれないけれど、まともに店長として機能することは難しいでしょう。

このように言うと、早々に諦めムードになって、

「もう限界です。私にはムリです」

という人がいますが、まあ自己判断ですから他人はとやかく言えないかもしれませんけれども、さっさと諦める前に、この点だけ一応考えてからでも遅くないです。

それは、今そういうことになっている原因は、あなた自身のすべての能力が足りないとかそういうことではないかもしれないということです。今もしかすると、あなたはこれ以上頑張れと言われても何をどう頑張ればいいのか分からなくなって、自分に自信がなくなっているかもしれませんが、実はたいてい問題はただ一点に集約されます。それは、スピードです。スピードを向上できれば、解決できることがあります。

スピードがないというのは店舗業において致命的です。

しかし、スピードにおいて問題がある人に共通することがあります。それは、まずスピードというものの重要性というか、その意味について理解が浅いということです。
なぜスピードが大切か
たとえば、入ったばかりのアルバイトの新人さんに求められるような意味でのスピードというのは、要するに今覚えた作業を、なるべく早く終わらせなさい、というような意味ですね。

店長候補さんが、それと同じような意味でスピードが大事、などと思っているだけではもちろん認識が足りないのです。

たとえば、一つひとつの作業について早い、遅い、ということだけを考えれば、アルバイトさんの中でもベテランの社員や、店長さんよりも早い、という人はしばしば存在します。

コンビニで言えば、店長さんより早くレジが捌ける人はいくらでもいるでしょうし、商品出しにしろ清掃にしろ、同じことです。

そういう次元でスピードを競っているだけではダメなのです。もし、スピードと言われて作業とか、たとえばコンビニだったら「早くレジを打つこと」とか、納品された商品を早く売り場に並べることとか、そういうことしか思い浮かばないとしたら、その認識を修正しないといけないでしょう。

でも、今述べたことは、実はこれはどこでもしばしば言われることで、むしろ

「単に作業スピードを競っていても仕方がない」
「作業だけを考えれば、若くて体力もあるアルバイトさんのほうが早くて当たり前だ」

というような話はどこでもよく聞きますので、言われなくても分かってると感じる人も多いと思います。
でも動作スピードは必須
しかし、ここから店長候補さんによく考えてほしいところなのですが、私が思うには、単純な意味での作業や動作のスピードは、実はそれ自体が非常に大事です

それは、今それを早く終わらせた方がいいとか、そのほうが時間が空くとか、単にそういうことだけではなくて、そのスピードをまず追求することが、他の全ての面でのスピードの基礎となると思うからです。

単純な意味での動作スピードというのは、もちろんそれだけで十分なわけではないけれども、基本的に必須の条件だと私は思います。スポーツで言えば、実際の競技のための練習を行う以前の、筋力とか基礎体力を付けておくことに似ていると思います。

もし、そこで遜色があると自分が感じるなら、とにかく今働いているお店で他のどのアルバイトさんにも負けないくらいに作業スピードを上げることにまず挑戦してください。

あるいはもし、他の面で指導上いろいろ言われて、どうしていいのか分からない、というように混乱していると感じるなら、まずそれを本気で追及してみてください。そうすれば他のいろいろな面でも自然にわかること、整理がつくことは結構多いはずです。

「あのアルバイトさんは作業が早いなあ。でも店長として求められることって、そういうことじゃないから」

と言って、この部分から逃げないことです。私はそう思います。今行き詰っているように見えても、この部分を自覚的に向上すれば飛躍的にレベルアップする可能性はまだまだあります。それから目を背けているのは、もったいないことだと思います。

それと、こういうことは実際に店長さんになってから向上しようとするのはあまりお勧めできません。なぜなら、いったん店長さんになってからでは、そういう基礎的なところを意識する余裕も時間もなくなる場合が多いからです。

つまり、それどころじゃなくなる、ということです。ですから、店長候補さんにとっては、今のうちにできることを、今その猶予が与えられているうちに、早くやっておいてほしい、ということです。

これも、つまりスピードの問題です。今しておくべきことを早くクリアすること。それもまさにスピードがものを言うわけです。
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