店長力 > 2011年11月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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しゃしゃり出る
■ ここで教えること


□ 積極性
※ 伸び悩んでしまう人の特徴は、最初の姿勢やモチベーションにかかわらず、働いているうちにどこかの段階で安定してしまうことです。前述のとおり、多くの場合それは新人効果が途切れた時点ですぐに来ます。つまり、とりあえずの勤務時間を埋める手持ちが満ちれば、たいていはそこで現状維持の姿勢に入ってしまうのです。
※ これを回避するには、前章の部分での「目的」や「学習者の態度」に関する理解を繰り返し深める意識が重要だと感じますが、それと同時に、実際の現場的な場面で、本人が未知のことや、自分一人では解決困難な事柄に遭遇した場合にどんな対応や、振る舞いをするべきかを考えさせる必要があると思います。

※ 参照:「良い対応、悪い対応」

□ 禁止動作
※ ただし、基本的には積極的な姿勢を評価するものの、自分がまだよく知らない作業や受付などを見よう見まねで独断で行ってしまう場合には注意します。
※ 自主的に、積極的に動いてほしいからこそ、逆に言って「絶対にしてはいけないこと」を明示しておく必要があります。これがないと、やみくもに知らないことまで自己判断で対応して大きなミスを誘発することがあります。逆に不安から指示された範囲でしか動けないこともあります。
□ 動作ディテールの確認
※ ごく初歩的なオペレーションの習得完了を目指します。ここまで進む頃には通常「新人効果」は終わっていますので、一応の節目となります。
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想像力を使う
■ ここで教えること


□ IF-THEN トレーニング

※ 「IF-THEN トレーニング」とは、オペレーションの範囲内で「もし、こういう場面が発生したら……」ということを考える練習です。これは、指導を受ける中で段階的に繰り返すことが有効ですが、ここではごく初期なので、ここまでで習ったり覚えたりした作業の範囲内での例外的な事例、突発的な対応などを想起させます。

※ 習得した範囲内で起こり得る処理や対応において、現時点で自分一人ではできないと思う事例を想像して15個記入し、提出してもらいます。たとえば、典型的な処理の手順が分かっているものでも、お客様から少し突っ込んだ質問や問い合わせなどがあった時にどう答えたらよいかわからない、あるいは、どこを見れば確認できるのかを知らない、というような点は、実際には15どころではなくもっと多数あるはずです。ただし、ここでは「それができるようになること」より先に、自分が今の時点で「何ができないのか」を発見することに重点を置きます。よって、「IF」を15個挙げることができれば合格で、それに実際どう対応すべきかを今分からなくても次に進んでかまいません。

※ ただし、あまりに突拍子もない例、たとえば「お店に飛行機が墜落してきた場合の対応」とか、そういうものを挙げてきた場合には不可とします。なぜなら、それは「今習得した範囲内」ではないからです。実は、この課題を出すと、実際かなり多くの人がこういう例を挙げてきます。それは確かに起こり得ないとは言い切れない事象なので、頭ごなしにダメだ、とは言い切れないようにも思うかもしれませんが、何がダメかといって、こういう例を挙げてくるということは

今まで習得した事柄をよく見直して、その結果「本気で想像した結果」ではない

からです。

ようするに、15個挙げろと言われたので、とにかく思い付くことを次々に書き連ねて15個にしよう、という安易さが一番問題であり、そういう人は実際に業務上必要な「想像力」そして「対応力」を身に付けようという意思が疑われます。ですから、もっと「今習得した範囲内」に絞っていろいろな対応場面を実際に想像することを要求するのです。

ちなみに、少し考えてみれば分かると思いますが、実際には「お店に飛行機が墜落してきた場合の対応」など、できないというほうがおかしいのではないでしょうか? そんなもん、別に業務でなくたって、もし自分がそういう場面に遭遇したとしたら……何をすべきかは常識的に考えて明らかでしょう? つまり、そういう例を挙げてくる人というのは、与えられた課題について、その意図をよく考えず安直に答えてやり過ごそうとしているだけだということが分かります。業務上必要な意味での「想像力」は指導要領に明示されており、この課題の意図は指導要綱を読んだらすでに明らかなはずなのに、こういう突飛な答えはそれを踏まえた上で考えたものとは言えない点で大いに問題なのです。
反省のレベル
前章でも再三述べたのですが、指導を受けている多くの人が、どうしても日常行う実際のオペレーション、作業のほうに意識が集中してしまいます。ここで、たとえば「今日、1日の仕事を振り返って反省点を言え」というような課題を出したとすると、多くの人は、実際の作業やお客様の対応に

「ミスがなかったか」
「不手際がなかったか」

という面から考えます。

まず最も稚拙とも言える反省は、

「こういうお客様対応をしてしまい、怒られた」
「この作業が時間内に終わらず、仲間に迷惑をかけた」

といったタイプのものです。いわば、本人が言うまでもなく、すでに周囲に露呈している事柄を思い出して言うわけです。まあ、こういうことももちろん「反省点」ではあるのですが、ここでは指導上、そういう類の事柄を言ってきた場合には、

「それは、ここでいうところの『反省』ではない」

と、思い切って一蹴してしまうのがよいと思います。あえて言葉を分けるとすれば、

「そういうのは『反省』とは言わない。それは単なる『失敗の報告』じゃないか!」

というような言い方で考えさせます。これをある程度の期間、毎日繰り返すと、おそらく次には、特に大きな問題ではないけれど、自分なりにもう少しうまくできたのではないか、と思えるような事例や、お客様に対する「ニアミス」的な状況について話してくると思います。

「特に問題にはならなかったけど、後で考えればこうしたほうがよかったと思います」

という意味での反省点を考えるようになると思います。実はこの段階まで行けるだけでもかなり意味があるのですが、今指導したい点はそこではありませんので、さらにダメ出しします。
指導に基づいて反省できるか
前述のような

「もっとこうすればよかった」

というタイプの反省点は、毎日続けているとたいてい「ネタ切れ」してきます。そのうちに、結局同じようなことばかり繰り返して言うようになるでしょう。本人も煮詰まってきます。

「こんなことを毎日言ってて、何の役に立つんだろう」

とむしろ指導者側に対して不信感を抱くかもしれません。

多くの場合、このようないわゆる「慢性化」「マンネリ」に陥ると、放っておくと毎日の反省は形式化し、言えと言われているから言っているだけになります。それを改善するという気持ちにはならず、他にすることもないので本人の意識もオペレーションばかりに偏っていきます。つまり、意識的な問題が最初のレベルに戻って固定してしまうわけです。

結局、こういう精神的なことや抽象的なコツとかノウハウといったものよりも、単純にオペレーションや作業の知識や技術を増やしてゆくことのほうが分かりやすいし気分も楽なのです。しかし、こうなってしまうとこちらが意図しているような指導は継続できなくなってしまいます。

社員さんや店長候補さんにいわゆる「業務報告書」や「日報」といった形で日々の報告をさせているお店も多いと思いますが、上のような理由で結局、ただ空白を埋めるために書き連ねられた報告ばかりになっていく傾向がありますね。

そこでどうするかというと、さらに次の段階として、

「今指導されていることに関する反省」

に誘導します。前章で述べた通り、多くの人はそもそもオペレーションをできるようになってゆくことだけで足りるというような漠然とした感覚をなかなか断ち切れないので、

2 オペレーションに内在する考え方、相互の関連性、法則、方針といった抽象的な事柄

のほうが重要だ、とすでに提示されているとしても、何となく頭ではそう理解しているつもりになっているだけで、では実際に何か反省してみろと言えば、自然に頭に浮かぶのは日常やっている作業や実際のお客様対応のことばかりになるのです。

とは言えこれはごくふつうの反応であり、だから特に能力がないとか意識が低いという話しにはなりません。なりませんが、ここではあえて意識上のインパクトというか、明確に提示し直すためにあえて

「お前は、何をしにここに来ているんだ?」

というような問いかけを通して、自分が今「2」を学んでいる立場にあるということを再認識させます。そして、いろいろ反省しなければならない点は、日々やっているオペレーションそのものの中にあるのではなく、実は今学んでいる「2」の進捗や到達度こそ反省するべきだ、というような気持ちが湧いてくるように誘導するわけです。
自分がすべき課題が見えれば煮詰まることはない
もし、前で述べたような意識の誘導に成功すれば、日常的に反省する点はすなわち今時点でやっている指導要領の項目中にいくらでも見出せるということが分かるはずです。

それさえ分かれば、もう反省点に煮詰まったりネタ切れになるというような事態は起こり得なくなり、今指導されている指導要領の内容に沿って物を考える素地ができます。

これは非常に重要なポイントだと私は思います。指導要領による指導の最初の段階では、実際にやっているそれぞれの項目自体や現場でのオペレーションではなく、実は指導要領の内容に沿って物を考える「クセ付け」こそ一番のポイントであり、またこれは実際に店長とか、責任者の立場になった場合に求められる考え方を身につける際のポイントでもあります。

店長候補の方や、社員化した人について多くの店舗で

「作業はできるが仕事はできない」
「感覚がバイトと同じ」

というような声がしばしば聞かれますが、ある意味でそれを解消する意識の切り替えを模擬的に体験させることが狙いなのです。

実はタイプ1の人は、過去の経験からこのことをすでに知っているのです。ですからわざわざ言われるまでもなく指導要領の内容に沿って物を考えることに抵抗がなく、比較的すんなりとこちらの意図を汲んで行動するわけです。それが「センスがある」「資質がある」または「やる気がある」という評価を受けやすくなる理由です。

ところが、そうではないタイプ2の人であっても、指導要領の内容を「分からせる」前提としてこのような考え方の傾向を作ってあげることで、結果的に指導内容を習得してもらえば有効なわけで、このような意味での「素地」を作ることがここでの主な目的と言えます。

仮に本人の直接的な気持ちとしては単に「毎日反省しろと言われても、ネタに困る……」という状態を回避したいだけだったとしても、この指導を受ける場合、実はそのほうが自然だし、楽なのだということに気が付けばほぼ自動的に指導要領の内容に基づいて日々の行動を選ぼうとするようにはなります。
本人がここに気が付きさえすれば、それでここでの具体的指導の目的は達成していると言えます。それが確認できたら、少なくとも「反省の仕方」は分かったのですから、もう毎日逐一反省したことを報告したり発表したりしなくてもいいでしょう。
「知ってます」「分かってます」を突き崩す
ここまでで、対象の店長候補さん本人に「では指導要領の習得をメインにがんばろう」という、何となくそういう気分はできたとします。すると、次にやることは、指導要領の内容をゼロベースできちんと読解することです。

おそらく、見て分かるように指導要領の内容は、まあだいたいにおいて常識的な事柄、たぶんどんなところに就職してもたいてい上司に言われるであろう一般的な、いわば常識的な内容が大半を占めています。その意味では本屋さんで一般的なノウハウ本を読むのと大差ないと思います。ですから、予想される反応として、一読して「ああ、これはもう知ってます」「これはやはり大切ですよね」というような感想になると思います。指導要領を読んで「これは、とてもよいことを聞きました。目からうろこが落ちた思いです!」なんてことにはほとんどなりません。

でも、皆さんよく御存じのとおり、こういう面のことは、知っている、分かっているとは言いながら、でも「全然できないじゃないか!」「何度言っても分からないんだから!」という話しになります。

むしろ、本人が

「それはもう分かっている」などと思っていることが問題

で、いっそのこと何も知らなくて、そういうことを今初めて聞いた、という人がもしいたら、そのほうが指導しやすいのではないかとさえ思えてきます。

ここをクリアするのは、なかなか容易なことではありません。どうしたらよいかと私も長い間考えてきたのです。
まずは言葉の問題として
たとえば、「時間を守る」とか「期限を守る」とか「約束を守る」という項目がこの後続きますが、指導対象となるほとんどの人が、こういうことは「実際には完全には守れないけど、でもそれが大切であることは百も承知しています」というような感覚でいます。

それで、以前は私も、この手の知識はだれでも「頭では分かっているが、なかなか動作に反映できない」のが問題なのだと考えていました。

しかし、最近特にそういう思いが強いのですが、いろんなタイプの人を指導していて、どうもそうは言えないような気がしてきました。つまり、そもそも「頭では分かっている」ということからして疑わしいのではないかと思うようになったのです。もちろん、語義が分からないとかそういう話ではないですが、それが「何を意味しているのか」という理解があまりにも浅薄過ぎると、行動に反映できる前提として不足であろうと感じることが多いのです。

そこで、私がよく指導中にするのは、たとえば「時間を守る」のが「当たり前ですよね」というような反応をする人には、

「では、それはなぜですか?」

と聞くことです。これは単純ですがかなり効果的だと思います。すると、たとえば

「遅刻すると他の人に迷惑がかかるからです」

というような、まあ常識的な答えが返ってきます。でもそこであえて、

「じゃあ、誰にも迷惑かからなければ遅刻していいの?」

とか、あるいは、

「時間を守るとは、遅刻をしないということなのですか?」

とか、ある意味ひねくれた聞き方をしますと、たいてい困ります。まあおそらくこんな聞き方をされたら誰でも困るでしょう。しかしこれは相手をやり込めて困らせるためにするのではなくて、実はその答えはすでに指導要領に書いてあります。だから、それを読めば少なくとも「ああ、こんな考え方もあるのか……」と(心底納得できるかどうかは別として)こういう質問の意図は理解できるので、そのうえでこういう風に質問されれば本来はもう少し別の答え方が出てきてもおかしくないのです。

しかし、それでもなお、機会をあらためて不意に「時間を守る理由はなんですか?」と問いただすと、読んだはずなのに答えられないほうが多いです。また、それは書いてあったということは覚えていても、読んだ内容をなぞって思い出しながらしどろもどろに答えるのがやっとです。

こういう反応を見ていると、行動できるかどうかの前に、聞いたり読んだりしたこと自体この程度の理解しか持っていないのか、ということにまず愕然とする場合が多いわけです。
事例を想起する
もう一つよくやるのは、事例を想起させることです。たとえば「期限を守ることは大切」と言っている人に、

「じゃあ、あなたが今している仕事の中で、今の時点から一番期限の短いのはなんですか?」

とか聞きます。この段階の店長候補さんは多くの場合、期限は大切と言っても、実際には一般的な意味で期限が想定されるような業務を担当していませんので、ふつう答えられません。

「あなたは期限が大切だというけど、実際には何の期限も課されていないじゃないですか。本当に大切なんですか?」

とか聞くと、だいたいは「はあ……」と言葉に詰まります。

もちろんこの場合も、指導要領の「期限」の項目のところを読めば、答えが見つかるようにはなっています。

でも本当はここで相手に考えてほしいことは、必ずしもこちらがどういう答えを想定しているかを単に知ることだけではありません。読んだことを理解して、それをその通り答えられるというだけでも指導効果はあるのですが、それがすんなりできることを求めているわけではなく、むしろ、こういうやり取りを通して、今までこういった面のことを「当たり前だ(しかし、常にだれも守ってないものだ)」という程度の認識で済ませていたことが、そもそも大変問題だということに気が付いてほしいわけです。まずそうしなければ、行動に反映されるはずがありません。

なので、ここではこういった常識的で当たり前だと思われるような面についてその理由とか具体的場面を「言葉で話させ、考えさせる」ことにしています。本当に行動として現わせるかどうかという問題の前にワンクッション置く、という感じでしょうか。

このようなやり取りを通して学習者にやってほしいことは、単に「期限は守らなければならないものだ」というようなお題目のような認識だったのを自分なりにもっと詳細に深く表現できるようにすることです。少なくとも言葉の上でそのように捉えることができて、初めて実際の動作や言動と結びつけて考えることができるようになる可能性が出てくると思うのです。
それだけ唱えても仕方がない
私は思うのですが、仕事上よく言われる一般的なルールやマナー、心構え的なことというのは、それだけを言葉で言うならば、みんな「知ってます」「分かってます」という話になります。

しかしそれは、たとえるなら学校で習った数学とか物理の公式みたいなものと同じなのではないでしょうか。

お店で、責任者の方や先輩社員が、店長候補さんにたとえば「ちゃんと時間守れよ!」とか「報告は仕事の基本だぞ!」とか教えることがあるかと思いますが、それというのは、たとえてみれば学校で先生が、

「i=V/Rだぞ!」

などと単に公式そのものを連呼しているようなものではないかと思います。(i=V/Rというのは、電流=電圧÷抵抗、という公式です。中学だったか高校だかも忘れましたが、たぶんみんな学校で覚えさせられたと思います。懐かしいですね。私も今例として挙げようと、記憶の彼方から引っ張り出してきたわけですが……)

ふつうは、その前提として、その公式が持つ意味や、どういう役に立つのか、何に使うのか、というような話がいろいろあってから、その結果として公式という形になっているのだということを理解させようとするのではないでしょうか?

しかし、単に公式だけをそのまま暗記することだけを先生が要求したらどうなるでしょうか。

おそらく、言われている生徒は、怒られるから仕方なく、よく意味も分からずにその公式だけをそのまま丸暗記します。もちろん「ちゃんと覚えたか?」と聞けば「はい。覚えました。i=V/Rで~す」と生徒は答えるでしょう。

それで、仮にそれが当てはまる問題をみたり、まあ実際の物理現象とかがたまたま起こったりしたとき、生徒たちが、それを見て公式が当てはまるんだということが認識できるかというと……おそらく、こんなふうに公式をただ丸暗記していただけだったら不可能です。ボーっとしている生徒に向かって、先生が

「だから、i=V/Rだっていつも言ってんだろ!」

と叱ったりする。

「おまえ、本当に分かってんのか?」

と聞けば、

「はい。一応……あの、iは電流でしたよね。Vが電圧だと思うんですけど……違いましたっけ?」

という程度には確かに「理解」していると言えなくもない。しかし、じゃあ、分かってるんだったらこの現象見れば当然それを思い出して当てはめられるだろ? と思うのは先生だけで、生徒のほうは、肝心のi=V/Rの意味を分かってもいないし、使いこなすこともできないのです。でも、分かってるのかと聞かれれば、当然お題目のように「はい!分かってます。i=V/Rですよね」とか言うしかないのです。

ともすると私たちが指導や注意を与えるときも、こちらは当然にその意味などを理解しているだろうと思っていても、相手はこんな状況になっているのかもしれないと思うのです。
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