店長力 > 2011年04月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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万年「候補」になってしまいやすいタイプ
おそらく、自分自身が納得できる動機を探る機会を逃したまま勤務している人は、お店なり会社なりに雇われて働くということは、そのお店なり会社なりの「規準」に沿った仕事を提供する必要があるのだ、というというような概念自体を持っていません。

ただ自分の過去の経験から自分なりの判断で、自分なりの物差しでできることをすればそれで十分「頑張っている」ことになるというふうに認識しています。だから、こちらからあえて何も問いたださなければ、そのままの状態で働き続けてしまうのです。

もし自分の考える規準とお店の方針に整合性がないとか、ここでは自分の動機そのものを満たすことができないとか、そういう認識が本人にあるならマシなのですが、そういう事柄を考えること自体を知らないのが厄介なのです。

意欲というものをはき違えている人は、もし雇用を継続するとしても、結局シフトを埋める要員以上には育たないで、一種膠着状態といえるような、ほとんど期待感の持てない人員として残ってしまう確率が非常に高いと思います。

日常的には、目立った成長はないがそれなりに頑張っている、というふうに周囲には映ります。しかし、そもそもの齟齬が残ったままですので、最初熱心に指導したり、なんとか意識を変えようと手を尽くたりしても一向に変化は現れません。指導している側もそのうち「結局、こいつはここまでの人材だったんだ」という気持ちになってしまい、いずれ放置されることになります。

……と言うととても悪い人員のように聞こえるかもしれませんが、考えてみるとそもそもコンビニなどの店舗ではアルバイトスタッフさんは前提的にこういう状況下で働いていることが圧倒的に多いです。つまりこういうタイプの人は、いるとマイナスであるとか業務に支障が出るとかいうわけではなく、一般のアルバイトさんと同じような役割を担う限りにおいては別に問題ない人材にはなります。

ただ、ここで前提としているような意味で「店長候補」というような立場で育てる意味が薄いということです。現時点で平均的なアルバイトのスタッフさんより多少作業能力が高いとしても、このままでは結局のところ将来的に店長になるとか、大きく成長して中核的な人材になるとかいうことがほとんど望めないという点で問題なのです。
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今ここで仕事する意味
なお、この説明の過程で注意することは、動機は何かという問いに対する答えを単純に「お金」とか一言で済まそうとする人が多いことです。

これでは、単に「お金のためにちゃんと仕事しなければならない」というようなありきたりな、一般論的な認識しか得られないため意欲の強化につながりません。

ですから、仮定でも理想でもいいのでなるべく具体的に動機を語らせます。自分の目標とか条件とかを「ストーリー化」してもらいます。たとえば、アルバイトさんの場合なら一般的には

「私は上京して一人暮らしをしていたけれども、そろそろ社会に出て少しずつでも精神的にも自立していけるような人になりたいと思う。だから、生活費くらいは自分で稼ぐようにして、東京での一人暮らしを立派にやり遂げたいから、自分で生活費を稼ぐ、というのが目的です」とか。

あるいは「配偶者の給料だけでは子供の教育に思うように十分な支出ができないのもあるし、私も単に主婦としてではなく、経済的にも家計に協力したいと思い、パートでもいいからお金を稼ぎたいです」とか。

なぜ、働く動機が「お金」とか、単純な一言ではダメかというと、それでは「規準」とのつながりが自覚できないからです。

動機といっても特段立派なものでなくても、採用前の段階で面接のときに語るようなタテマエ的なものでなくても一向に構いません。もっと本音ベースで、たとえばお金ならお金でもよいのです。

ただし、ただ「お金が目的だ」じゃなくて、そこに自分の生活とか、意向や目標といったものが背景としてつながっている必要があるのです。そうすることで初めて「今ここで仕事をする意味」が実感でき、それによって「規準=仕事そのものの目的」を自分が持っているストーリーの中に「組み込む」ことが可能になります。

「~だから、私はここでの仕事の規準を達成しなければならない」というつながりが必然であることが本人にとって見えやすくなり、動機と規準が一つのストーリーとして主観的に整合性を持つようになるわけです。

この段階でやっと、単なる意気込みやアピールではない、本人にとっての「意欲」が生まれる前提ができると私は思うのです。
店長候補にとっての動機
ここまで意欲という面から述べてきたのですが、動機と規準を知ることは、つまるところ本人が今そのお店で働いている自分の立場を自覚することにつながります。

店長候補、というのは文字通り店長になることを前提に採用されている「候補」です。たとえば、今すぐ店長ができるけど、担当するお店がまだないからとりあえず既存店で待機している、というような立場だったら別ですが、たいていは、今まだ店長としての仕事ができないから候補なわけです。

だから店長候補は本来、できるだけ早く店長としてお店の「規準」を満たすことができるようになる必要があります。必要ですし、それが本人にとっての動機にも含まれているはずです。

そして、そうであれば必然的に「教えてもらおう」「早く仕事のコツや、心構えや、スキルを身に付けよう」という態度になるはずなんです。それをハタから見れば「やる気がある」というふうに映るわけです。

結局のところ、それが見えなければいくら元気でも、作業が手早く要領がよくても、あるいは、みんなから好かれて仲良いとしても「やる気がある」とは映りません。むしろ「やる気」とか「頑張る」という言葉を履き違えているように映ります。または、

「本当は店長職やお店の経営なんて、興味がない」

ということが、バレるのです。

「将来はお店をやりたい」
「店長としての仕事を教えてほしい」

と言ってお店に入ってきたのではなかったのでしょうか。もしそうであれば、店長候補にとって一番の仕事は、今与えられている仕事をそつなくこなせるかどうか、ではなくて、早く店長「候補」の「候補」を取ること。つまり、実際に店長になることです。

この考えてみれば当たり前のことを自覚できないで日々漫然と与えられた業務を繰り返しているだけの人のことを、「万年候補」と呼ぶのです。
声や態度がいつも通りの人は「ここ一番」という認識がない
アルバイトだろうが正社員だろうが、お店に入ったら最初必ず「いらっしゃいませ」とかお声かけの指導を受けます。その時に、元気がない、覇気がない、声が小さいなど明らかに表面的な問題がある人は、もちろん即業務上の問題になりますが、そうではなく、一応みんなと同じレベルで遜色なくお声かけができる、という場合でも、それだけでは不十分だと思います。

なぜなら、そういう人は「今、ここ一番」という意識が足りないという面で問題だと思うからです。

だって最初に教わることというのは、自分の印象を決定づける一番重要なことであると同時に、今現在自分ができる「唯一のこと」でもあるわけです。

もちろん、他のいろいろな業務を覚えて、それなりに評価も受け、という段階になれば何も「お声かけの仕方」だけを取り上げてどうこう言われることは少なくなるでしょう。そうなれば、言い方は悪いですが「お声かけは、まあ遜色ない程度にしとけばいいや」と少しおろそかになることも(注意されるかもしれませんが)心情的には理解はできます。

しかし、たとえば今採用されたばっかりで、やることと言えばほとんど「お声かけ」しかないのに、それをみんなと同じくらいで十分だと思っているとしたら少し甘いと思います。

ときどき大きな声を出してみろ、と言うと、ちょっとだけ声を大きくして

「これくらいで、いいすか?」

などと笑ってる人がいます。その人が店長候補枠に残ることはまずありません。

今そこで精いっぱいお声かけできないで、これから先どうすんだ?と。アルバイトさんならまあ妥協して雇い入れるかもしれませんが、そんな人を社員候補とか、店長候補としてお店に入れたら先が思いやられますから、お引き取り願いたく存じます。

これは、教えている側からすればごく自然に思い至る考えだと思います。教えられる側も、当然に想像がつくことです。指導している人が、自分の態度をどう見ているかということすら想像できないところに根本的な問題があります。

声の大きさ云々よりもそのことのほうが問題です。

ここまでを踏まえて、それでも「いいすか?」と笑って聞いてくる神経の持ち主に、それが全然「良くない」ということを説明するのは骨が折れる作業なので、たいてい私はそういう場合

「ま、いいんじゃない?」

と答えるだけです。
師事するという感覚
私のお店にもよく「店長になりたい」「お店での仕事に興味がある」といった志望動機を言って入ってくる社員候補、店長候補がいますが、そういう人たちが、実際に働き始めると

「本当にそう思ってるのか?」

と疑わざるを得ないような場合が少なくありません。それでも、相手の立場になってよく考えてみると、最近思うのですがこういうタイプの人たちは、決して意欲がないとか、単に採用されるためにきれいごとを言っているとか、そればかりではなくて、

人から何か教えてもらう時の接し方や態度

に無頓着な人が多い。つまり他人に「師事」するという経験がまったくないから、どうしていいか分からないんじゃないだろうか、と思えるフシもあるのです。

なので、まあ念のためというか、一応具体的な事柄を教える前提として、まずこれから仕事を教わろうという時に、たとえば

・「教えてください」とちゃんと言う
・自ら積極的に質問したり相談したりする


とか、挙げれば諸々ありますが前提的すぎて羅列するのも気が引けますのでやめますが、つまりこんなことすら考えもしてないで、でも

「店長になりたい」「お店での仕事に興味がある」

と言っているような人が実際いるというのは事実なので、まずそういうことを少なくとも「提示してあげて」から本人の意向を判断してあげないといけないかな、という気もするのです。

別に弁護する必要もないのですが、今雇用されている人たちというのは、そもそも仕事に就くのは「契約」であって、いっしょに働いているのは「契約関係」あるいは「利害関係」があるから協力なり何なりするので、たとえば業務上の指導を受けるというのも互いの利害が一致するので契約に基づいて指導を受け入れる義務がある、あるいは、それに基づいて自分には指導を受ける権利がある、みたいな感覚を持っているのではないかと思います。

だから、たとえば自分から擦り寄って「教えてくれ」と言わなくても、上の立場の人は当然に、いわば義務として自分に仕事を教える「べきだ」し、そうやって指導されるのなら自分も素直に従う「義務」があるからそれなりにやりますよ、とか無意識にそういう感覚でいる。

そのような意識で、いわば「言われた通りそれなりにこなしているうちに、時間がたてば自動的に店長という辞令が降ってくる」とでも思っていて、だから、自分からせっぱつまって教えを乞うなど考えられないわけです。

そういう感覚だから「店長になりたい」「お店での仕事に興味がある」というような言葉も、非常に表面的で軽薄に聞こえてしまうのではないでしょうか。
お店に何をしに来ているつもりなのか
少し極端ですが、前にこんな人もいました。アルバイトでお店に入って、しばらくして、お店の仕事に興味を持ったので社員になりたい、いずれは責任ある立場になりたい、などと言いだすので、その前提で指導を始めようかと準備を始めていました。確かに本人は自分なりに努力しようとしている節も見受けられたのですが、私は最終的にこの人には辞めていただきました。

なぜかというと、勤務中は比較的真面目にモチベーション高く仕事に集中しているように見えたのですが、勤務途中で休憩を与えると、やおら荷物からゲーム機を取り出し、私が事務をしている後ろでゲームを始めたからです。

私はあっけに取られてただじっとその人を見ていました。が、次の瞬間に「こいつを社員にするのは絶対やめよう」と決めました。

もちろん、休憩という時間は勤務外ですから、何に使おうと本人の自由です、けどね……

お店で働いていて、社員になろうとか、店長になろうとか口にするのだったら、タイムカードを打刻している間だけが「仕事」ではなく、お店にいる間はずっと仕事だと思っておいたほうがいいです。いや厳密にはお店にいないときだってそうです。

先にも言いましたが、たとえば勤務前後の時間や休憩中というのは、指導してもらう絶好のタイミングです。あまり自分本位にいろいろ聞きまくってくるのもウザいですが、少なくとも、そういう機会を見逃さずに少しでも店長さんや指導者の方とコミュニケートして、指導を受けようとか考え方を知ろうとか考えるのがふつうじゃないでしょうか。

「勤務時間じゃないんだから、勝手だろう!」

という人もいるかもしれませんけど、そうですね。あなたの勝手で指導機会を逃すこともできるし、あなたの勝手でもっと勉強することもできるんです。

体を休めたり、電話をしたり、食事を取ったり一服したり、仲間とおしゃべりしたり……一向に構いません。でも、自分がお店に何しに来てるのか。単に毎日それなりに労働力を提供してれば済む立場なのか。

そういう部分から指導が必要なのかと思うと、なんだかなあ、という気持ちにもなってしまいます。その時は私も「ダメだこりゃ」と即断してしまったのですが、もしかすると「知らない」だけだったかもしれないな、と思うこともあります。だからと言ってその人にやっぱり当社に入ってほしかった、とは全然思いませんが。
しっかりした「あいさつ」とは
将来的に店長とか、責任ある立場に就く可能性が高い人物は、もちろん他の面での仕事ぶりも際立ったものがあるでしょうが、特にあいさつがしっかりしているというか、印象が良いように感じます。

しっかりと言っても、大きな声を張り上げるとか、仰々しく丁寧にあいさつするとかそういったことではありません。明るく朗らかであることとも少し違います。私が観察していて思うことは、端的に言えば「存在感」を示すことができるというか、けじめがあるというか、そういう人がするあいさつは、何というか、「今、あいさつをしたんだ」ということがはっきり印象に残るのです。

たとえば、たまたま近くにいたからあいさつする、というのではなく、今そばにいない人でも探して、あいさつして帰る習慣がある。また、勤務終了時点ではなく、お店に入った直後、また、勤務が終わってお店を出る直前にあいさつしています。だから「この人は今からお店にいなくなる」ということがはっきり分かります。

入ってくる時も同じです。「今来た」ということがみんなに分かります。こういう人はたいてい、ただ仲がいいとか協調性があるとかいうだけではなく、何かピリッとさせるものも併せ持っていて、その人がお店に来た瞬間に一本筋が通ったような空気になると思います。

そんなのは堅苦しい感じがすると思うかもしれませんが、今言っているのは単なるオペレーターじゃなくて、店長候補とか、そういう立場の人です。そうであれば、

「一日も早く店長になり得る実力を付けること」
「そのために、勤務時間を目いっぱい有効に使うこと」

を第一に考えるべきで、あいさつの仕方からそういう気持ちが表れているように見えます。

そういう気持ちがないといくら表面的に元気に振る舞っても方向のずれた意欲に見えてしまいます。
自覚を表す
表面的には元気に、丁寧に「お先に失礼します!」と言ったとしても、その態度や雰囲気から

「あー今日も一日終わったね、んじゃさようなら~」

という気持ちが伝わってしまうことがあります。

別に過剰にへりくだれとかペコペコすればいいと言っているのではなくて、自分自身が「今日習得すべきことはすべて教わりました。有意義な勤務でした」とか「私は今日一日を、自分の成長のために有効に使えていたでしょうか」というような気持ちを持っているのかどうなのか全然伝わってこない。

あるいは、問題や疑問を中途半端に残したまま、だけど、勤務時間が終わったので早く退散したいので、それはまた今度……みたいな気持ちが現れている。

普通のアルバイトさんだったらそれでも別段問題ないと思います。いつも元気で楽しいキャラクターですね。と微笑ましいだけです。

しかし、それが今店長になるために指導を受けている最中の人だったら問題だと思うわけです。

上司とか指導してくれている人とかとの関係だけでなく、他のアルバイトのスタッフさんなどとのコミュニケーションの取り方もそうです。自分が仮に店長候補だとしたら、単にアルバイトさんに受け入れられて仲良くなるだけじゃダメでしょう。

もちろん仲良くすること自体はいいのですが、それは、スタッフさんなどを将来的に管理、指導、コントロールしていく立場になることを想定した中でのコミュニケーションであるべきだと思います。みんなに溶け込んで仲良くなること自体が目的であるかのように振る舞っている場合じゃないんです。

私は、単に礼儀とか一般常識だとかいうことよりも、こういう面から特にあいさつとか、日ごろの物の言い方とかを重視します。そういう、自分の立場の自覚、無自覚といったものが現れるような気がするからです。
店長候補のタイプ1
お店では、店長候補とか幹部候補生とかいう立場の人でも、採用されたら現場でのOJTによってまずオペレーションを覚えてもらうことになるのが一般的です。大まかに言えば、つまりどんな立場で入ろうが研修課程は同じことだということです。

でも、そこで問題なく店長という職種に辿りつける店長候補さんというのはたいてい、そもそも十分に資質や能力を持って入ってくるようなタイプです。ここでは「タイプ1」と呼びましょう。分かりやすく言えば、タイプ1の人は、すでに今すぐ店長としてお店を任せてもたぶんなんとかやるだろう、と思えるような人です。

だいたいにおいて、タイプ1の人にとってそこで覚えることというのは、まさにそのお店の実際のオペレーションだけです。

タイプ1の人は、そのお店での指導がうまく行ってスムーズに成長した、というよりも、ほとんど初めから能力を持っていて、それをそのお店のオペレーションに「当てはめる」ことに多少時間が必要だから、店長候補という立場にいるだけなのです。

新卒採用もしているような大手チェーンなどは別として、ほとんどの場合お店で店長候補さんを雇おうとするとき実際にほしいのはこういうタイプの人材です。しかし、もちろん実情としてはこういう人たちだけで必要人員を満たすことはできません。ですから

「一から覚えられます」
「未経験でも大丈夫」
「やる気だけ持ってきてください」

というようなニュアンスの求人を出してもっと広く人材を集めます。

これは別にお店側が人を雇うためにウソを言っているというわけではないのです。もちろんたいていのお店さんは本当に一から教えるつもりなのです。

ただ、事実上の指導体制や社内制度は「タイプ1」向きになっている……つまり、オペレーションの習得に関してはたいていきちんと指導は受けられますが、意識とか考え方といった部分ではかなり属人的でアナログな指導しか準備されていないので、一生懸命指導しても結局タイプ1に当てはまらない多くの人は店長という立場までなかなかたどり着けません。
店長候補のタイプ2
どんなお店かを問わず、そもそもいわゆる店長職がどういうものか、どういう仕事を求められているのかとか、そういうことをあまり知らないで、そればかりか一般に仕事をする上で常識的に心得ておかなければならないようなことにも無頓着な人が応募してくることがあります。

このタイプを「タイプ2」とします。

ただし、これはお店での仕事をしたことがないとか、具体的なオペレーションの経験がないとかいうこととはあまり関係ありません。アルバイト経験があったり、もしかするとある程度管理者的な立場で仕事したことがあったりするという人もいます。でも、非常に表面的な理解だけで実質的に有効な経験とは呼べないということも少なくないです。その場合はやはりタイプ2になります。

要するに、分かりやすく言えばタイプ2の人というのは、店長候補と言う職種に応募してくるにもかかわらず、内面的にはお店のアルバイトさんと同程度の意識しか持っていない、いわば手ぶらでお店にやってくるタイプの人、と言ってもいいかもしれません。

しかし多くのお店では、タイプ2の人も採用しないと人員が維持できないことが多いのです。

その場合、その人はそのお店に入ってから、それらをも身に付けなければなりません。つまり、指導内容として「そのお店の具体的オペレーション+いわゆる店長としてすべきこと」になります。

でもお店では具体的オペレーションに関して指導することは比較的たやすいのですが、「店長としてすべきこと」については結局本人任せのところが大きい。

ほとんどの場合、お店での指導過程は、まず現場のオペレーションを身に付けて、しかる後、そのオペレーションをこなしながら店長としての経費コントロールや人員管理などもいわば加算的に習得してこなせるようになり、一定期間経ったら店長ができるようになっているはず、というような流れになっていると思います。

そして、その指導過程は同時に、いわゆる意識とか心構えとか店長らしい振る舞いとか、そういったものも時間とともに自然に理解でき、身に付いてゆくだろうという仮定の上に成り立っています。

実は、この過程はタイプ1の人にとっては当然の流れであり、別段難しいことは何もありません。しかし問題はタイプ2の人です。「具体的オペレーション」を分かったからといって「店長としてすべきこと」も自然に身に付く、とは限らないところに難があるのです。
生き残るのはいつもタイプ1
もちろん通常店長がすることというのは、業務という面では割と明らかです。でも「店長になるために習得すべきこと」と考えるとモチベーションとかメンタルな部分、それに統率力とか対応力といったより抽象的な能力などが想起されてくるので、こういった面での指導が体系化されているお店はそう多くありません。

意識や心構え、考え方みたいな部分は特に指導手順がないことが多く、いわば「背中を見て覚える」しかありません。

また、仮にある程度研修課程が明示的に固まっている場合でも、それ相応に本人の努力が伴うことを前提にしているので、学校のように言われたことをタラタラ覚えていっていれば、時間がたてばいつの間にか合格点に至るということはまずあり得ません。

この部分を、たいていのお店では、言ってみれば「競争」あるいは「自然淘汰」みたいなことによって解決しようとしています。つまり、自然にできるようになった人が結果的に生き残って、いずれ店長に抜擢されるというわけです。

もちろんこれも一つの合理的なやり方であって、これが悪いとは一概には言えません。

でも、そのことによって多くのお店や法人が慢性的な店長不足、人材不足に陥っていることも事実なのです。なぜなら、数の上でタイプ1の人というのはいつも圧倒的に少数で、お店で採用される店長候補さんは大部分がタイプ2だからです。

可哀想な言い方になるかもしれませんが、店長としての仕事を自分自身の力である程度身に付けられるだけの素養がないと見做されてしまうと、いくらオペレーションだけを長期間繰り返して身に付けても結局店長にはなれない確率が非常に高いです。万年店長候補になって、いずれ退職するまでオペレーションを繰り返すだけです。

お店としては、当然オペレーションを問題なくこなし続けてくれる人も必要です。そういう人員自体が不足している場合も多々あるので、もしそういう人が発生しても、わざわざ

「あなたは店長になる見込みがほとんどないので、早期に転職したほうが自分のためですよ」

などと親切に言ってくれたりはしません。自ら限界を感じて「辞めます」「あきらめます」と言い出すまでなだめたりすかしたりして使い続けるだけです……現場ではこういう言い方は口が裂けてもできないでしょうが、でも実際のところを率直に言うと多くのお店は事実上そうしていると思います。
ふるい落とすことと、掬うことの両方が必要
タイプ2の人を雇わざるを得ない状況でありながら、タイプ2の人に対する指導手順があまり意識されていないので、結局「本人の意識の問題だ」「やる気があれば」とかいう話しになって中途半端な人員ばかり増えるという悪循環にはまる…

もちろん、どんなに指導したって、研修体制を整えたって、本人の意欲や実務能力が決定的に不足していたらどうにもなりません。

だから、私はある意味で「ふるい落とす」ことも必要だとは思っています。もちろん、一度雇ったからにはできればモノになってほしいという願いはあります。ただ、実際そのようにうまくいく場合ばかりではありません。ただし今言っているのは「店長候補」の話ですから、ふるい落とすといっても、必ずしも退職でなくてもいいです。つまり、現状だと店長とかに就任する可能性はないよ、ということを、どの時点で、どのように本人に伝えるか、ということが問題になってくるでしょう。いずれにしろ早く判断してあげたほうが本人にとっても(気分的にはショックでしょうが)いいと思います。

一方で、やり方を少し変えれば「救う(掬う、かな?)」ことができる人材も大勢いるような気がします。

そこで、前に述べた

2 オペレーションに内在する意図、考え方、関連性、意識、姿勢といった抽象的問題

が非常に重要なポイントになると考えられます。それに対応するテキストが「店長候補」指導要領なのですが、これを利用することで「ふるい落とす」ことと「掬う」ことを、今より多少なりとも効果的にできるのではないかと考えているのです。
店長候補さんが習得すべきこと
そこで、ではどうしたらいいかというと、私は思うのですが、まずふつう、採用された方が実際に店長として遜色ない人材に成長するために必要なことは、

1 アルバイトさんなどと同じオペレーション
2 店長としてすべきこと


と2つくらいに思われているように感じるのですが、これをもう少し分けて、

1 具体的オペレーション
2 オペレーションに内在する考え方、相互の関連性、法則、方針といった抽象的な事柄
3 店長としての業務
4 店長としての考え方、相互の関連性、法則、方針といった抽象的な事柄


と4つくらいに細分化して捉えたほうがよいのではないでしょうか。

極端に区別していうと、前でタイプ1と言った人たちは、上記でいうと最初から4が習得済みであるばかりでなく、たいてい1を学びながら同時に2を自分で習得できてしまい、ついでに3は独学でこなしてしまう、という感じです。言わば、この人たちはタイプ2の人から見たらまさに離れ技ともいうべき方法を平気でやってしまう人たちなのです。

で、それは現にお店をやっている人たちにとっても平気なんです。すでに習得している人の立場から見ると、できるほうが当たり前に見えてしまいますから。だから、1を学ぶことすなわち当然に2も会得するはずで、3を学べば4も身に付く、とごく自然に考えてしまいます。その前提で指導してしまうから、タイプ2の人は何の事だかさっぱり分からないのです。
オペレーション習得の位置付け
採用された方が

1 具体的オペレーション
2 オペレーションに内在する意図、考え方、関連性、意識、姿勢といった抽象的問題
3 店長としての業務
4 店長としての考え方、意識、姿勢といった抽象的問題

までを学んで身に付け、店長としての業務に耐えられる人材になるという過程を想定すると、通常行われているお店での指導というのは意外と偏っているように思えます。片手落ちになってしまう危険性があるのですね。

ごく当たり前に行われていると思いますが、お店ではだいたい最初

1 具体的オペレーション

だけを習得するように指示することが多いです。

「流れを把握しておく必要がある」
「スタッフさんに教えるとき、できないと困る」

といった理由で説明することが多いと思いますが、タイプ2の人はそういった意図を踏まえて習得するというのは難しいんですね。

タイプ2の人にとっては、とりあえず最初の段階で「具体的オペレーション」を一通り身に付けてしまうことだけ考えるほうが分かりやすいので、どうしてもそれだけに頭を集中してしまうのですが、これが、むしろ今度2を習得するという段階で障害になってしまう可能性が高いのです。

しかし、これをこのまま言ってもなかなか……もちろん言えば「分かりました」と言うでしょうが、客観的に見た場合、これは最初に口頭で指摘したくらいで分かるようなことではありません。

これはどこで見たか忘れてしまったのですが、一般に、組織などに新しく入ったとき最初に与えられた機能や役割が、その後の本人の成長や認識を決定づけてしまう、という理論があるらしいです。確かにそういう面があるなあと思います。

つまり、タイプ2の人は、最初に「オペレーションを覚えること」と言われるとそれに没頭してしまい、そのことによって、単にオペレーションをうまくこなすような意識や行動を取り込んでそこで最適化してしまうのではないか、と思うのです。それによって、いわゆる「バイトレベル」で留まってしまう危険性が余計大きくなると考えられます。

この点でタイプ1の人は、実際のスキルを持っていることと同時に、自分が店長になるという目的を明確に持っていて、しかも、どういう過程で学習すれば店長になれるかという知識もあるため「オペレーションを覚える」ことに意識が最適化されません。それはあくまで「店長になるためである」ということを前提的に理解できるからです。
演繹的に理解させる
現場的なOJTでは、意識や心構え、また態度や姿勢と言った事柄は主に指導を担当する店長さんや先輩社員による都度都度の口頭での注意によって与えられることが多いと思いますが、それだとどうしても1が主で、1に付随して2が説明されているような格好になります。ふつう、実際のオペレーションの様子を見て気が付いた問題点が都度の指導の入り口になりますので、必然的にそういう格好になります。

しかしそれだと2の重要性や意味合いが本人にとって分かりづらいのではないでしょうか。

ですから、2だけをいったん独立して考えたほうがいいと思うのです。そこに何を含め、何を含めないかといった整理も必要だと思います。「店長候補」指導要領はこれを私なりに整理したものですが、必ずしもこれでなくても、たとえば店長さんが「仕事上大事だ」と感じているポイントや伝えたい抽象的な事柄をリスト化するだけでもいいと思います。

それを、オペレーションを覚える順番に従って提示するのではなく、それはそれだけを独立して、意図する順序で提示してゆくのが効果的と思います。現場的に難しい面もあるかとは思いますが、むしろ、2を教える順序を優先して、それに合わせて実際のオペレーションを提示してゆく、というのが本来は望ましいと思います。

考えてみると、たいていタイプ1の人は過去の知識や経験から一種の抽象的な法則というか、一般論的なノウハウを先に自覚しています。それを今働いているお店のオペレーションや、その際注意や指導を受けた内容と照合しつつ「落とし込んで」いるのです。つまりタイプ1の人は過去の経験や知識から

仕事を「演繹的に」理解している

ということができると思います。

それに対して、一般にお店で行われる指導は事実上、先に決められた標準化、定型化された作業があって、それを習得する中で、そこに含まれているノウハウをいわば「帰納的に」理解することを求めます。

しかし、タイプ2の人は、いや、というよりタイプ1の人も含めて、実際の作業とか動作からノウハウ的な方法論や概念を帰納的に抽出して理解するという行為は難しい上に、より多くの時間がかかると考えられます。作業とか動作それ自体が本人にとって未知の事柄が多い場合なおさらです。

だから、一部の特殊にそういう考え方が得意な人か、帰納的にではなく既存の知識から類推して当てはめが可能なタイプ1の人か、そういう場合しか指導が成功したように見えないわけです。そしてこの場合は、実は指導が成功したのではなく、本人がもともと演繹的に理解できる前提があったから問題が発生しなかった、ということです。

あるいは、5年とか10年とか、長期間の熟練によってそれらを体感的に獲得するまで耐えられる人だったら習得は可能でしょう。ただし、今そのようなスタイルでじっくり仕事のコツとかカンというものを覚えてゆくというやり方が許される環境はあまり考えられないです。そもそも、それはすでにここで言っているような意味での「指導」という範疇を超えているように思います。
教える順序を逆にする
2 オペレーションに内在する意図、考え方、関連性、意識、姿勢といった抽象的問題

をあらかじめ独立して抽出し、整理して順序良く提示することによって、店長候補本人は今何について指導を受けているのかということが明確に分かり、その実践というか、反映として

1 具体的オペレーション

の実行が課せられているのだ、というふうに捉えることができるようになると思います。

1 具体的オペレーション

のほうについては、それはそれで習得する必要が当然あるのですが、2と違って1については

「仕事をしていれば覚えるのは必然」
「習得しなければならないことは本人にとっても自明」

ですので、ある意味放っておいても、それなりには習得します。ただし、本人任せだとやはり効率とか動作のディテールで不備が起こるので指導したくなると思いますが、考えてみると、動きに問題点や不備や、要領の悪さが現れる場合、それはたいてい2についての認識不足と直結しているものです。店長候補さんの場合むしろそちらを理解させたいわけですから、単に動作を修正して終わり、という認識を持たせるのは逆効果になると思います。

ですから、2の習得の一環として1をやっているんだと教えたほうが効果的でしょう。
指導内容の提示
具体的にはたとえば、今、調理作業を教えるとして

「包丁の持ち方はそうじゃない、こうだ」

と指導するのではなくて、先に

「調理の作業では常に『安全』を考慮して動作すべきである」

というような抽象的な知識だけを独立して与えます。そうしておいてから「だが、お前のその包丁の持ち方は安全ではない、なぜなら…」というような流れで実務的な指導に入るわけです。

具体的な作業を仕事全体の中でどう位置づけるかが大切です。もちろん、現場的なオペレーションを早期に習得することも絶対に必要なので、それを避けることはできませんが、それのみが目的化してしまうと問題なのです。

お店では新規採用者にはたいてい、こういう言い方をすると思います。

「まずオペレーションから覚えてください。その後…」

しかし、店長候補の場合そうではなくて、最初から

1 具体的オペレーション
2 オペレーションに内在する意図、考え方、関連性、意識、姿勢といった抽象的問題

の2つを学んでいただきます、という提示の仕方をしたほうがいいと思います。

そして、どちらかというと2のほうの指導に時間を割き、力を使うようにして、むしろ1の習得のほうは本人の努力に任せるような雰囲気に持っていきます。

と言っても、実際には2は1と密接な関連性があるので、このように比重を変えようとしても結局1について説明したり、指示したりすることは多々発生するでしょう。

自然な流れに任せるとどうしても1に偏るので、あえて2のほうを意識づけることに重点を置くわけです。

この方法論は、専らオペレーションの遂行が責務であるアルバイトスタッフさんとかを指導する場合の方針とはまったく逆の発想になります。
一般のスタッフ指導との違い
アルバイトさんの場合は、意図や考え方をくどくど説明する必要性が薄いので、動作そのものを直接的に修正するほうが効果的な場合が多いです。本人の意識と言った問題とは無関係に「これはこうする」「こうやれ」で足りることがほとんどだと思います。

意識的なことを説明することも時々ありますが、それは本人の疑問や不信を解消してやるためとか、初期的にはある程度の信頼関係を作るためとかいう補助的な理由によるものであって、意識的な問題に積極的に立ち入りたいからではありません。

この違いは、アルバイトさんは基本的にそのお店の仕事の「規準」を結果的に満たす動きをすれば足りるのに対し、店長候補さんの場合は「規準」というものがあるということそのものを自覚したうえで、その規準そのものを作ったり変更したり、配下のスタッフさんなどに徹底するなど、つまり

規準を管理すること自体が仕事

であるということを教えなければならないからです。

さらに、アルバイトさんの場合はお店で通常行われているオペレーション自体、その全部を一通り覚えなければならないという認識自体を持っていないことが多い(実際全部を覚える必要性もない)のですが、店長候補さんならば、最低限その意味での認識は前提的に持っているはず、つまり、とりあえずお店で起こり得ることすべてを一通り身に付けておく必要がある、という程度の認識くらいは最低限持っているはずですから1の習得はいわば必然です。むしろ、放っておけばほとんどの人がそればっかりやろうとします。

だから、最初のうちはどんどん仕事を覚えてこなせていると思ってたのに、実際に責任者的な立場になるような段階になって問題が発生したように見えることが多いのです。

つまりたいていの場合店長候補さんは1についての認識がないのではなく、

1しか考えていないことが問題

なのです。なので2の指導を中心に考えるわけです。
動作を管理する
あくまでも将来店長という職種を担うことを前提に指導する本来の意味での「店長候補」の場合、

1 具体的オペレーション

に習得にそれほど躍起になる必要はありません。むしろ、

2 オペレーションに内在する考え方、相互の関連性、法則、方針といった抽象的な事柄

についてある程度明確で適切な指導が与えられれば、1も必然的にスムーズに身に付くはずです。そこの感覚が逆になっている場合が多いわけです。

ところで、2を指導する際には、単に精神論的な事柄を提示するだけでなく、それを日常的な細かい動作に反映させることを重視します。私はこれを「動作ディテール」と呼んでいます。

ところが、2を中心に考えた場合、動作ディテールというのはもちろん実際のオペレーション上の手順にもたくさん含まれますが、必ずしもそれだけではなく、一見オペレーションに付随していない動作にも及びます。

たとえば

・お店に入ってくる時の態度、あいさつの仕方
・ふつうに立っているときの立ち方、歩き方
・返事の印象、口調、口癖
・物の置き方、持ち方、物の数え方
・扉の開け閉め
・上司や他の従業員に話しかけるタイミング

とか、そういうごく日常的な動作もたくさん含まれます。これらはオペレーションに付随するというよりも、仕事そのものに対する考え方とか、姿勢、態度といったことと密接に関係する動作で、オペレーション習得のみに力点を置いていると、こういう部分の動作上の問題点をついスルーしてしまいがちです。それが、たいてい「バイトのうちは露呈しないが、社員とか、店長というような立場になってから問題になる部分」です。ですから、指導上はこちらの方がむしろ大切といっても過言ではありません。

これらはふつうに言えば「しつけ」的な事柄ですが、単にしつけとして「こうしなさい」というだけではなくて、あくまでも2を意識した結果必然的に導き出される動作として関連付けて教えることがポイントだと思います。
自分を変えられるきっかけを持てるのは最初しかない
店長としての仕事をするためには、どうしても候補さんの態度や立ち居振る舞いを修正しなければならない場合が発生します。作業に付随した動作なら比較的修正しやすいのですが、独立した基本的な動作ディテールや、まして態度とか考え方について修正するのは案外難しいです。

まず本人が、オペレーション上の動作の注意だったら当然に従う必要があると考えるので抵抗がありません。

でも、直接的に日常の動作や立ち居振る舞いのようなものを指摘されると、なんというか、仕事を超えて「自分のこと自体を批判された」ように感じる場合があります。そこまで行かなくても、単純には

「なんで、そんなことまでいちいち言われなきゃいけないんだ」

というような気持ちがあっても不思議ではありません。または、

「そんなこと関係ない。仕事さえちゃんとやっていれば文句ないだろう」

とか。こちらから言えば、そういう考えそのものが「認識不足」と思うわけですが、そもそも少し認識不足の人をタイプ2としているわけですから、そういっても埒があきません。

こういった事柄はたぶんに本人の過去の習慣とか、行動の傾向に左右されますから、かなりの自覚と周囲からの圧力がないとなかなか修正されないようです。

自分を変えるなどということは誰にとってもそもそも難しいことでしょうが、タイプ2の人にとって、これから指導されようとしている事柄は、極端に言えば「過去の自分をほとんど否定され、新しい自分に変わるよう求められている」というくらいの問題とさえ言っても過言ではありません。

それで私が特に大切だと思うのは、採用されたばっかりの段階で、こういう面でどれだけ有利な状況に本人を意識づけられるか、ということです。

それによって修正の難易度はかなり違うと思います。
採用時は「変化」の絶好のチャンス
ところで、人の行動パターンというのは、もちろん生得的に持っている傾向はもちろん大きいでしょうが、それと同時に「周囲の人がその人をどう見ているか」によってもかなり左右されるそうです。

たとえば、周囲の人が「この人は明るく朗らかな人だ」と思って接していると、本人はその印象との整合性を保つために常にもっと明るく朗らかな自分を演じようとしてしまうのです。

悪いイメージでも同様で、たとえば前の職場で「仕事が遅くて使えないヤツ」と思われていた(と、本人が無意識に感じていた)場合、実際にはもっと能力があったとしても、その同じ職場でいきなりそのイメージを打ち破るような行動をするのは非常に難しいので、本当に使えないヤツのように行動してしまうということもあるようです。それは実際の能力的な問題よりも、すでに培われたイメージを「裏切る」ことが恐いからなのでしょう。

で、唯一そういう縛りから解放される瞬間が、まさに新しく採用されたときです。

採用されたばかりの人は、新しい環境で、知ってる人が周囲にいない状況にいます。職場に限定すれば、これまで培ってきた人間関係などがないので、ある意味自分が本当はどんな人間かということをだれも知りません。

この状況では、本人が意識しさえすればかなり大きく自分の習慣や行動を変化することが可能です。これを「新人効果」とでも言いましょうか。

新人特有の状況を利用して本人の行動習慣や、特に「気の持ちよう」を劇的に変えることができるかもしれないのです。
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