店長力 > 2007年10月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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育成しない店長と、売れないお店
ところで、もし、あなたが街を歩いていて、急にトイレに行きたくなった場合、ふつうどうしますか?

たいてい、まず公共の場で、別に頼まなくてもトイレを使える場所などを探すでしょう。公共トイレ、または、駅ビルとか(改札を通らないとトイレにたどり着かないこともありますが・・・)あるいは、ショッピングモールやレストラン街、といった集合施設内なら、いちいち

「すいません、トイレ貸してください」

とわざわざ断らなくても大手を振って用が足せますからね。次に、そういう施設が見当たらないときには・・・そうです。たいてい、お店を探すでしょう。と言っても、なるべくすぐに親切に貸してくれそうな、また、トイレがなるべくきれいで使いやすいと予想できるお店を探します。

おそらく、トイレをすんなり貸してくれるお店、といえば・・・おそらく、まず思いつくのはコンビニですね。嬉しいことに、この面での、コンビニの役割期待は比較的高い、と考えられます。どうして私がそれを嬉しいと言うのか。コンビニが、どうして快くトイレを貸したりしてくれるのか。おそらく、お店を運営している立場の人ならその意味はすぐ思いつくでしょう。

このように、役割期待とはいっても、期待しているほうも、同じ期待をするならなるべく期待できそうなところを選んで期待します。選択があるわけですね。そして、たとえば「トイレを借りる」というときの選択は、だいたいにおいて、その人が本当に買い物しようと思って選択する場合の条件と一致しているものなのです。だから、役割期待が高いということは、喜ばしいことになるわけです。

さて、これを、店長さん、また、職場の上司などに当てはめて考えてみると、どういうことになるでしょう。役割期待を果たせないお店は、お客様も寄ってこないお店です。推して知るべし、ですね。
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管理者にとっての「育成」
2 それが、管理者自身の他の能力をも向上することになるから

という点ですが、「人を育てる」という問題に正面から挑もうとすれば、単にお店を運営するという以上のさまざまな面について、勉強も、反省も、改善も必要になると思います。

それらに取り組むことは、そのまま自分自身のスキルや、能力を向上することに繋がりますが、一見無関係な事柄だと思っても、たいていの場合結局はそれが、お店の運営にも反映されてくることになるでしょう。

ところで、育成というのは、育成される本人の意思、希望、期待が前提にあるわけですから、育成する人は、まず

1 業務的な信用度

が一定以上でなければなりません。もちろん、育成とはいっても、学校の先生のようないわゆる「教育」を専門としているわけではないので、基本的には自分がすでに知っていること、できることを中心に、相手にとって有意義な事柄を伝える、という方向になると思います。ですから、率直に言えば、少なくとも今やっている業務について、自分より明らかに秀でている、という認識がないと、あなたに育成されたいとは思わないでしょう。

そして、もちろんですが

2 人間的な信用度

において十分に期待される人物であることが必要です。つまり、人間的な魅力とか、性格、キャラクター、信頼・・・実は、こういったものを本格的に重視するのは、主に「育成」の段階になってからであり、特に店長さんとか、管理的な立場にある人は、前に述べたような、管理的指導レベルのノウハウや小手先のテクニックという問題だけに埋没せず、常に

「人を育てるための」資質なり、能力、魅力なり

を頭において日々研鑽するという姿勢が本来望ましいと私は思います。

ただし、しつこいようですが、管理的指導のほうが先です。それを置き去りにして、自分の人間力、指導力、といったものに執心すればお店で起こる問題がどんどん解決するというものでもありません。いきなり背伸びしても無理です。
付加価値の増加こそ仕事の究極目的
最後に、お店でスタッフさんを「育成」する意味として残った2つ

3 労働する人にとっての付加価値となるから

という点ですが、と同じ内容になってしまうので詳しくは置きますが、少なくとも、お客様に対して、お店の「差別化」を常々強調している店長さんが、なぜ、従業員に対する雇用環境の差別化を考えないのか、私はいつも不思議に思います。また、 

4 将来的な付加価値の増加になるから

についてですが、そもそもお店での仕事、特に、店長さん、マネージャーさん、その他店舗の運営管理に携わる方にとって、仕事の究極的な目的を一言で言い表すとしたら、それは

付加価値の増加

と言うことに尽きます。これに比べたら、

「お客様を大切にすること」も
「売上を増加すること」も

手段的な問題に過ぎません。極端に言うと、枝葉末節ということです。

お店でスタッフさんを育成することは、もちろん「本人のため」にはなりますが、お店の利益に直接的に還元されないかもしれません。少なくとも、理屈で単純に言えば業務のパフォーマンスは落ちます。ここが、管理的指導とまったく違うところです。

しかし、お店で発生する付加価値を享受するのは、何もお客様だけでなくても良いのです。お店だけでもダメです。働いている人、また、直接買い物しない地域の人、取引先、同業他社、さらには、社会全体・・・視野を広げれば、その範囲はいくらでも大きく考えられます。

・・・このような話をすると、夢だ、きれいごとだ、大風呂敷を広げるな、と言われそうです。しかし、私はいつも思っているのですが、逆に言うと、「育成」というのは、このようにかなり大きな視野で行うつもりでなければ取り組めないものだということもできると思います。「指導」というのは必須の業務ですが、育成というからには、もうこれは、むしろ大風呂敷を広げないとできない仕事なのだ、と私は考えているのです。

たとえば、すぐにそのメリットを回収しようなどという意図の下に安易に「人を育てる」などと言っても、育成される本人は、そんな下心はすぐに見破ります。偉そうで恐縮ですが、あえてはっきり言えば、もしも店長さん自身がまだそういうレベルなら、「育てる」などと漠然と考えずに管理的指導に徹したほうが効果的だと言いたいわけです。
指導には基礎体力が必要
なんでも自分の思う通りにはならない、と分かっているつもりでも、初めて人を指導する立場になったときには、たいてい一度は、

「他人というのは、こうも思い通りに動かないものか」

ということにあらためて直面し、愕然とするものです。

 しかし、このようなジレンマを抱えながらも、

 「もっとうまく指導できるように、経験を積もう」
 「少しでも、相手の気持ちを察してあげよう」
 「そもそも、そんなに思い通りになるはずがないんだ」

と何度も思い直し、より相手に配慮し、少しでも効果的な指導が施せるように想像以上に相手に神経を使い、熱意を持って指導に当たろうとするのが自然な態度だと思います。

もちろん、指導される立場の人だって不安はありますし、指導者の言動に敏感にもなるでしょう。しかし、それは指導する側も同じなのです。 当然、指導している相手の、何げない一言、ちょっとした動きや表情というものに、とても敏感になっています。それどころか、熱心な指導者ほど、何倍も敏感に相手の心理を察知し、それに沿ってより効果的な方法を取ろうと努力します。

ところで、別の面で、人に何か教えるというのは、非常に疲れるものです。特に、仕事での基礎的なOJT(現場で、実際に作業をしながら指導をすること)というのは、たいてい教える側が、ほとんどしゃべりっぱなしでしょう。しかも、そのしゃべることというのは、もちろん自分にとっては、すでに分かりきっている内容であり、指導するたびに、同じ事を繰り返し繰り返し言わなければなりません。また、相手が話についてきているか、疑問を持っていないか、誤解していないか、と相手のペースで説明しなければならないため神経を使います。

このように、人に指導をするというのは、実際にやってみると、体力的にも精神的にも想像以上に重労働なのです。だから、指導には技術もさることながら、熱意や使命感、責任感が大切ですし、同時にある種の体力というか、スタミナが必要なのです。
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