店長力 > 2007年08月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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確かに「指導力」は必要だが
ここまで、OJTを含む現場指導について方法論的に述べてきました。一緒くたに「指導力」という個人能力の問題にしないで、お店の体制とか、ルール、環境作りが必要であること、お店に存在するすべてのスタッフさんの参加が大切であること、などを述べてきました。

これらの点を踏まえた上で、しかし、なおやはり「指導力」また「人を育てる力」というのがあるのは確かだと思います。巷には、こういったテーマに関する書籍がそれこそ読みきれないくらい多く並んでいます。そういった本などを見ると、部分的には食い違っていることもありますが、まあ、大方のところ言わんとすることは共通していると思われます。

つまり、コミュニケーション能力、説明能力、そして業務経験や知識、それに加えて、いわゆる「人間力」というか、情熱とか、リーダーシップとか、仕事に対する姿勢といったもの、これらを継続的に向上することに尽きます。

つまり、言葉にすれば簡単なことですが、人を動かしたり、育てたりする力を付けるには、要するに

まず自分が成長すればいい

ということになります。

ただし、こういう話になると、結局また総合的な個人能力の問題イコール本人次第と言うことになり、方向性があやふやになります。だから、ここまでこういう言い方は避けてきたわけです。

そして、あらためてお断りしておきますが、お店で、接客レベルを向上しよう、スタッフさんのスキルを上げよう、モチベーションを維持しよう、といった現実的な問題に取り組む上で、私の考えでは、まず、今まで述べたようなことのほうがよほど大切だと思います。すぐに着手できること、周辺的な整理、整備、それをやってから、自分自身の

「指導力」

のことを考えても決して遅くはないと思うのです。
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指導と育成の違い
人を育てる

この言葉ほど、ありきたりな言葉はない、とさえ感じるほどに、どこのお店でも企業でもいわれることだと思います。そして、そのために人材育成システムが作られ、日々のOJTは体系化され、またマネージメント層の指導力が問われます。

しかし、ここからは私の考えですので必ずしも一般的とはいえませんが、実は、

「指導」と「育成」というのは、まったく別のこと。むしろ、まったく逆のこと。

というくらいに極端に区別するつもりで考えたほうがいいと思います。

私なりの定義を披露すれば、まず

指導とは、イコール管理的指導です。

つまり前に述べた通り、業務であり、管理の一環であり、仕事の上で必須な行為です。

そして、これと意味的に対峙するのが「育成」という行為であり、今まで

「意識を変えようとするな」
「相手を変えることばかり考えるな」
「共有ばかり考えるな」
「大きすぎる概念を語るな」

など言ってきましたが、実は、このように話の中であえて管理的指導という範囲から外してきた事柄は、実はたいてい「育成」という範疇では無視できないポイントになると思います。

指導とは「人を動かす」ために行うもので、育成とは「人を育てる」行為、と言い換えることもできます。そして、この意味では、極端に言うと両者はまったく逆の態度、配慮、技術が要求されるようにさえ思うのです。
育成の条件
指導とは、「指し、導く」ことだといいましたが、これに対して、育成というのは「育て、成す」ことです。

しかし、ここで、「成す」といって何を成すのかというと、そんなことは本人以外に決定できないはずです。また、誰が成すのかといって、それは育てる側ではなくて、育てられている本人が成すことではないでしょうか。

つまり、そもそも本人が何かを「成したい」と思っていることが育成の前提なのです。こっちで勝手に他人が成すべきことを指図するのは傲慢に過ぎます。ここが、ゴールを明確に定めて導く「指導」とは根本的に異なる点なのです。

まず、本人が何かの目標なり、自分の理想なりを持っているとします。また、目標とか、よく分からないけど何か成長できるものを見つけたい、という場合もあるでしょう。それ自体ひとつの目標となり得ます。お店の若いスタッフさんなどは、そういう場合のほうが多いかもしれません。はっきり限定されたスキルでなくても、本人が「成したい」と思っていることであれば育成の内容として考えられます。

また、それは、今その人がお店でやっている業務とは直接関係ない場合もしばしばあり得ます。育成という場合、当の本人は、お店の業務にすぐ活かされないような事柄を教えてもらうことを希望しているかもしれません。それでも、その事柄を、お店でいっしょに働いている店長さんとか、先輩に求めたとしてもおかしくはないのです。

とにかく、本人がそういった希望を実現するために「手助けがほしい」と思っているとします。そのとき、初めて「育成」というものが必要になるのではないでしょうか。そうでないと育成などできません。

育成というのはむしろ、教えられる側の意思が前提的に大切で、しかも、本人が特定の誰かにその手助けをしてほしい、そうなれるように育ててほしい、と先に思っているときでないとできません。

この意味で、私は実感として、「育成」は「お客様志向」に似ている、というイメージを持っています。つまり、店舗運営は全般的にお客様の期待に基づいて最適化されるべきものです。これと同じように、店舗や職場において「育成」といった場合には、育成される本人の「期待」が、ごく漠然とでも存在しないところには手の付けようもありません。どちらも

「期待の発見」を起点とする行為

であるところに共通点があるような気がするのです。
育成は押し付けではない
仮に、育成と称して、店長さんなどが

「自分の仕事上すぐに有利に働くように」
「お店にとってメリットとなるように」

といった意図を持って相手にいろいろ教えようとする場合、これは私の考えでは厳密には「人を育てる=育成」とは違うわけです。

お店の管理者や、また、お店以外のどこの職場でも、人員管理、人材育成といった面では常にさまざまな問題が現れると思いますが、その中には、

「管理的指導」と「育成」とを分離して考える

ことによって解決の糸口が見つかるものが少なくない気がします。

たとえば、上位にある人は、往々にして配下の人員に対して

「何で俺の気持ちを分かってくれないんだ!」
「こんなに親身になって教えているのに、なぜやろうとしない!」

と言いたくなるときがあるでしょう。その答えは簡単です。それは、自分の管理上の問題を、相手の成長の問題にすり替えて考えているからです。また、親心のつもりで

「これは、お前のために言っているんだ」

といった言い方をすることがありますが、たとえば、こういう言い方は、表面的には本人の利益を示唆しながら、たいてい実質的には管理上の事柄を個人に押し付けているように感じます。だから、言われたほうは素直に受け取れませんし、到底納得してくれません。

それはつまり、私なりの言い方をすれば、

管理的指導を育成と履き違えている

ということになるわけです。


それだったら、むしろ

「頼む!管理上必要なことだから、無理いってすまんが従ってくれ」

とか言われたほうが、最善とはいえませんが、少なくとも気分的にはよほどマシなのではないでしょうか。
安易に「育てる」とか言わない
考えるべきことは、まず、多くの場合、お店で実際に起こっている管理上の問題や、いわゆるヒトの問題というのは、そもそも「人を育てる」云々ではない、ということです。

つまり、今生じている問題、それはたいてい、管理的指導の不行き届きに過ぎない。それなのに、個別の人的問題や、オペレーションの不徹底といった問題と、「人を育てる」という概念をすぐに結びつけてあれこれ悩んでいるだけでは、余計に解決が困難になります。

むしろ、「育成」と称して「管理」することは、非常に欺瞞的でしらじらしい印象を受けます。これは、自分がそれを受ける側に回れば否応なくすぐに理解できます。しかし、なぜかやってる本人はまったく気がつかない、それが厄介な問題なわけです。

多くのお店で、日々「管理なんだか、育成なんだか」よく分からない「指導」が行われています。その環境下で、スタッフさんたちも

「な~んか、納得いかねえー」

と感じつつも、黙ってその指導を受け入れながら毎日仕事しているはずです。

対人関係、人間関係といった言葉に過剰に敏感になるタイプのスタッフさんもいれば、いつも「ヒトの問題、ヒトの問題」と言いたがる、ある意味で「人好きな」店長さんもいます。しかし、管理的指導の問題である限り、それはむしろ直接的には管理者自身の業務上の問題である、と割り切ることです。要するにほとんどの場合

「ヒトの問題」が発生するのは自分のせい

と自覚することが大切なのです。しかも、自分のせい、と言ってもそれは、あなたの性格や人間性、といった範疇のことではなく、

自分がすべき業務が滞っている

ことが問題なだけです。

このように、ある意味で割り切って考えることが必要なわけですね。そうでないと、店長さんの頭の中とは逆に、実際のお店の中は「人が育つ環境」どころか、それとはまったく反対の方向に傾いてゆくことになるわけです。

管理的指導について私が考えているポイントや方略はすでに述べた通りです。たとえば、権威的スタイルでよいから、細かい動作からどんどんOJTを進める。同時に、そのOJTをいっしょに進めてくれる部下を早く多く作る。すでにできている部分を定型化してゆく・・・このように、道筋がはっきり見えてくれば、

「こんなに、みんなのことを考えているのに・・・」

と的外れな不満を抱いたり、

「自分のどこがいけないのかなー」

と、自分自身の指導力不足を疑ったり、悩んだりしている、その時間を使ってすぐにできることもたくさんあると思います。
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