店長力 > 2007年04月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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IJTこそ一番の問題なのでは?
私が思うに、こう3つに分けて考えると、何かと便利なのです。

IJTを意識してうまく使い分けるようにすると、そのぶん狭義のOJTは短縮でき、定型化もしやすくなり、効率的になります。たとえば、お客様の対応をしながら説明したり、その都度起こったことを、その場であれこれ指摘するといった場面が減るためです。

試しに、店長さん自身が日々行っている「指導」というのが、どんな比率で行われているか考えてみてください。

○ OJTが何%
○ IJTが何%


すると、たとえば、いつも「指導」しているつもりだったけど、実際にはOJTが正しく行われていないのではないか、とか、スタッフさんの成長につれて、このバランスはだんだん変化してゆくはずだ、とか、いろいろ思い当たる点が出てきませんか?

また、会社や、複数店舗を抱えるチェーン店であれば、全体としてどの程度のコスト配分になっているか想像してみてください。

○ OFFJTのために~円くらい
○ IJTに~円くらい
○ OJTに~円くらい


このバランスを適正化することで、管理指導や人材育成の効果はもっと向上しないでしょうか。その相関性や、OJTとIJTを、同一の担当者にやらせておいていいのか、とか。

私の考えでは、おそらく、多くのお店、また会社などでも、最も無駄な時間やコストが発生しているのはIJTです。または、何でもその場その場で作業しながら説明するから、不要な待機時間が多く発生したり、チグハグになったり・・・といったOJTについての問題も見えやすくなります。

チェーン店や法人であれば、現状OFFJTで行っている研修を各現場にIJTとして落とし込めないか、逆に言えば、日頃お店ごとに行われているIJTの部分をフィードバックして定型化してゆけば、有意義なOFFJTの導入につながるのではないか、などとも考えられます。
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指導体制を工夫する
私が思っているのは、単純に言ってこういうことです。

まず、初期研修というようなごく最初の段階では、OJTといってもその中にはすごく前提的な説明とか、お店になじませるためのコミュニケーションのようなものも多く含まれます。つまり、必ずしも実際にお店に出て、お客様のいる前で行わなければならない指導ばかりではありません。

OFFJTとはいかなくても、この部分をIJTと考えて、別途きちんと行うようにすると、その後のOJTもスムーズになり、現場的な混乱も減ると思います。

でも、言ったように、どうしても現場に出て「やってみなければならない」作業もあります。できるようになっても、「修正」が常に発生します。

たいていは、そういった事柄が一部含まれるために、そして、OFFJTによって伝達可能な事柄はOJTによっても伝達可能である、という理由によって、結果的にOJTに依存する傾向があったわけですが、それらをなるべく明確に意識して区別してゆくわけです。

こうした工夫によって、まず指導する側の「分担」を想定することが可能になります。

○ 誰でもできる部分
○ 特定のスタッフさんだけ可能な部分
○ 専ら、店長自身がすべき部分

というように分けやすくなるのです。最初は、たとえばIJTは店長、OJTは既存の先輩スタッフさん、という連携もいいでしょう。こう区別すると、OJTはごく経験の少ない人でも問題ないのですが、IJTだけはある程度スキルや資質を要するように思われます。指導全体の中で、指導力なるものが一番顕著に現れる部分、指導者によって効果に差が出る部分もまさにIJTなのではないかと思います。

もしそう考えるなら、日頃忙しい店長さんなどは、むしろIJTの部分に意識を集中すれば効果的なわけです。指導スキルを蓄積するスタッフさんも増えますし、店長さん自身も、いやむしろ店長さんが一番指導スキルを高めることができると思います。すると、お店全体がスタッフさんの指導、育成しやすい環境に変わってきます。

いわゆる、「人が育つお店」になるのです。
OJTとOFFJTの整合性
お店を単位とする指導体制を超えて、たとえば、チェーン店全体とか、または、たくさんの部、課からなるひとつの企業とかいう範囲で考えてみた時にも、IJT、そして、主にIJTを担当することになる人が、組織全体の人員の成長とか、指導の徹底などの鍵となるような気がします。

OFFJTをすでに定期的に行っているような、ある程度の規模の組織においては、単にOJTとOFFJTとのバランスやタイミングといった面だけでなく、

OJTとOFFJTとの整合性、一貫性

が大きな問題になってくるからです。

大きめの組織でよく起こりがちな問題は、たとえば、経営陣や、人事研修を担当する部署の考えている人材面での方針と、各ライン組織内で、上司が部下に行うような現場的指導の方針が、一致していないことです。

ですから、具体的には、

○ 新入社員研修で言われたことと、直上にあたる管理者や、先輩社員などが日々教えてくれる仕事のやり方みたいなものとが、まったく異なる。ある場合には、完全に矛盾している

○ せっかく組織全体がOFFJTなど、社員のスキルアップを積極的に行おうとして旗を振っているのに、現場がそれに反応しない

○ 逆に言って、現場で緊急に必要としている課題解決や、欲している知識がはっきりしているのに、それと関係ない的外れなOFFJTや勉強会などに時間を割かれてしまう

○ 社員がみんな、建前として言うことと、内心で本当に大切だと思っていることを使い分けて行動する

といった問題が、長い間放置され、動かしがたい問題になってしまう・・・ということになりがちなわけです。

こういった問題を解決する一番肝心なポイントが、社全体として

IJTの範囲を、誰が、どう扱うか

という点なのではないかと思うのです。
ロールプレイング
導入時においてIJTの重要性は述べましたが、他にもIJTの範疇で、工夫したほうがいいと思うことは、いわゆる「ロールプレイング」または「リハーサル」です。

まず、前に挙げたようにOJTの目的に含まれる

1 習得
2 修正
3 意味付け

の中の、習得のために通常施されるOJTの中には、実はすべて実践でなくても理解できる部分がかなりあると思います。

もちろん、いくら懇切丁寧に説明しても、練習を何度繰り返しても、本番をやってみないと、本当にできるかどうかは分からない、というジレンマが起こります。だから、どっちみち「実際にやらせてみる」ことになるのは同じです。

ただし、たとえばごく単純な特定のひとつの作業であっても、細分化すればいくつかの手順、動作にさらに分けることができます。その中で、

「どうしても本番で体験しなければ理解できない部分」

は実際どれほどあるでしょうか。

あるのは確かですが、思っているほど多くない

という気がします。

仮に、それ以外の部分を前もってリハーサルできていればどうでしょう。むしろ、本番で知るべき部分に集中できます。

「この部分だけは実践で覚えてください

という部分が限定されていて、また、あらかじめそれを念頭において実践を迎えるのであれば、トライアンドエラーの数は大幅に削減できるはずです。それを、他の部分まで含めてすべて実践で覚えさせようとするから、結果的に実践で必要な練習量が増加し、習得が遅れることになるのではないでしょうか。

これは、指導する側の予測と配慮によってある程度緩和できる問題ではないかと思うのです。
やりながら考える?
また、今作業をするという面を考えた場合、次のようなことがいえます。

お店で、売り場なり、お客様の目の前で応対をしているときなり、その場で、今やっている作業以外のことや、関連する方略や意味、目的について、あれこれ考えながら作業を進める余裕が通常あるでしょうか。

また、仮にそれが可能だとしても、それ自体お客様に対してどうでしょう。仕事のやり方として、正しい姿勢だといえるでしょうか。そんなことしていたら、それこそ集中を欠いた、失礼な態度になってしまうのではないでしょうか。

実は、少なくとも、自発的に何かを想像したり、考えを進めたりする際には、その場の作業をいったん放れて行うべきなのです。

もちろん、作業している真っ最中に、ふと何か思いついたりひらめいたりすることもあるにはあります。しかし、それは、今考えていたからすぐアイディアが出てきた、というわけではないはずです。むしろ、日頃から課題や問題意識をすでに持っていて、継続的に解決方法を探しているようなときに、結果的に作業中にひらめいた、といったほうが正しいでしょう。

「仕事をしながら考える」
「自分の頭で考えて仕事する」

などとよく言われますが、それは厳密に言えば

「作業をしながら他のことを考える」

というのではないわけです。今実際にその作業を行っている最中に、あれこれ考えさせようとするのは本来避けるべきことなのです。
OJTは明確に区切って行う
とすれば、前で言ったことはOJTにも当てはまることではないかと思います。OJTの途中で本人にいろいろ質問させたり、または、意見を聞いたりするのは本来的には望ましくありません。特に、最初にいろいろ話したり、頭でじっくり考えたりしながら作業するクセを付けると、後々の作業態度や、スピードにも影響します。

例えば、OJTの最中に、つい

「え?なんでそうやるの?」

というような言い方をしてしまうことがありませんか。細かいことですが、こういえば、当然に相手は、やった理由を考えて、説明しようとするはずです一般に、本人に考えさせる指導、理由を考えさせる指導というのはメリットが多いといわれていますが、ことOJTの最中に限って言えば、つまり、これは、相手の作業を止め、その場に待機させるセリフです。

もし必要と判断したら、少なくとも、考えたり話し合ったりするためには、作業を中断してその場を離れた方が有効で、それはIJTが適するということになります。

OJTの最中に、注意したほうがいいなと思うことがあっても、それをその場で中断させて言うべきかどうかは考慮の余地があるのです。場合によっては、いったん場所を変えて、ゆっくり問題点を指摘してあげて、仕切り直ししてからOJTに戻るとか、相手が質問したいといっても、実際に作業をしている間は受け付けないで、ひとまとまりの動作が終わるまでは続けてやらせるとか、そういう点を、ある意味でわざとらしく徹底してみましょう。

それによって、教えられている本人も、

「作業をすること」と「教えてもらうこと」を区別して考えるようになります。いわゆる「けじめ」を自覚するようになります。

指導の最中だけではなく、お店で働いている場合、

○ お客様に見える部分

に対する配慮は欠かせないものです。ですから、どこのお店やテナントでも、

○ 休憩中も行動に気をつけましょう
○ 勤務時間前後でもお客様に対応しましょう
○ 従業員専用の出入り口を使いましょう

といった取り決めが作られるわけです。それなのに、

「だって今はOJTをしているんだから仕方ないでしょう」

と思うのは指導者の勝手な都合であって、これに例外を作ってはいけないのです。
既存スタッフさんを評価面接しよう
分類するとすれば、ここで言うIJTの範疇かと思うのですが、一般の企業では、人事考課や査定の一環として、既存の社員に対して上司が定期的に面接をすることがありますね。前もって日時が決められていて、上司も部下も、それなりに緊張感を持って臨むものです。これを、お店でも行ったらどうでしょう。

お店では面接と言えばイコール採用面接のこと、と考えるかもしれませんが、実は採用面接だけが面接ではありません。

お店では、コミュニケーションといえばたいてい、アイドルタイムを利用した雑談形式のミーティングとか、勤務が終わって、帰る直前などに

「ちょっといいかな・・・」

といった感じで言いたいことを伝えるとか、こういったタイプのものが想起されます。もちろん、この種のコミュニケーションもある面では有効で、重要なものなのですが、何がいけないかと言って、これだけでは、常に

日常業務のオマケ

みたいな感じになってしまうことが問題です。

そこで、ごくたまにで十分かと思いますが、あえて、いわゆる「評価面接」「目標設定・意思確認面接」のような、少し格式ばった機会を作ることが有効だと思います。一般的に、お店で働くアルバイトスタッフさんなどは、採用時以外に形式ばった面接などありえない、というくらいに考えているでしょうから、最初は

「いったい何のつもりだ」

とスタッフさんに違和感を持たれるかもしれません。ただ、おそらく一度経験してしまえば、これは、お店の管理体制への大きな信頼にもつながるはずです。回を重ね、慣れてくるにしたがって黙っていてもスタッフさんのほうがいろいろ話すようになることが多いでしょう。やってみると、むしろ、ふだん何となく発生するコミュニケーションが、(心理的なメリットは別として)

いかに不十分な情報しか伝達されていないか

を実感するのではないでしょうか。スタッフさんにしても、お店に対して意見や提案、自分の希望を明確に伝えるよいきっかけになると思います。
時には緊張感を持って
既存スタッフさんを指導的な意味合いで面接する時、コツとしては、

○ 解雇、退職といった、個別の問題があるタイミングで始めない
○ 事前に日時と趣旨を伝えて、気持ちの準備をさせておく
○ 評価リストやチェックシートのようなツールを用意する
○ こちらから伝えたい事柄は多くても2点くらいに絞る
○ スタッフさんが、言いたいことを十分に聞いてあげる

といった点に注意したらいいと思います。

ただ、ふだんのように、

「まあ、たいしたことじゃないからリラックスして・・・」

などとやってはいけません。むしろ、最初は緊張感をあおるくらいのつもりで厳粛に、しかし丁寧に行うようにします。

おそらく、スタッフさんは、お店でこういった面接が行われるとは夢にも思っていません。ですから、最初かなり不安になることと思います。妙にあらたまって、面接する、などと言い出すと、たいてい

「何か重大なミスを犯したのだろうか」
「もしかすると解雇されるのではないか」

などと勘ぐるでしょう。しかし、この、

「妙にあらたまって、形式張って行う」

というのが実は有効なのです。

ところで、上司による定期的な面接、実はこれは、ふつうに就職したら、多くの企業でふつうに行われることです。しかし、お店でこれを行うと、違和感を持つ人が少なくない。とすれば、それは

「お店も、ひとつの組織であり、仕事の場である」

という、あらためて考えればごく当たり前のことが、なぜか、当たり前と思えないで働いているということではないでしょうか。もっとはっきり表現してしまえば、必ずしも意識的にではないにしろ、事実上お店という職場を「ナメている」人が多い、ということです。

だから、お店という職場は、作業技術の面では十分に優れていても、往々にして、意識としてはアルバイトの延長のような感覚のまま、組織人としての自覚がないまま働いている人が発生します。お店で、いっこうに頼れる上級者や、管理者候補がなかなか輩出されない原因はこんな部分にもあると思うのです。

もしかすると、店長さん自身もそういう傾向があるかもしれません。大きなチェーン店などは、こういう傾向を避けるために、わざわざ管理者を本部に招集して「店長会議」「経営戦略会議」といったものを行って、会社人として、組織人としての気構えを体得させようとするわけです。

以上、いずれにしろ、お店での指導全般にメリハリをつけ、全体を引き締める「かなめ」になるのがIJTだと思います。集中してみたらよいと思います。
指導という仕事を解放しよう
ここまでで述べたように、お店での指導体制を強化しようとすると、単に

「あの人をどうやって指導すればいいのか」
「こういう人にはどう対処したらいいのか」

という範囲を超えたさまざまな面を考えに入れていかなければなりません。

店長さんなどでも、指導といえばまず「自分の指導力」とか「指導者としてのノウハウ」みたいなものを向上しようと考えることが多いのではないかと思います。しかし、それは問題のごく一部しか見ていないとも思えます。もちろん、そういう面で努力しようと思う気持ちは大切ですし、それも必要なことなのですが、ただ、そればかり考えていても遠回りになることが多いように思います。

ここまで特に、初期研修はもちろん、指導業務全体を通して

○ 指導という業務を難しく考えすぎない
○ なるべく多くのスタッフさんにOJTを経験してもらう


といった点を強調してきたわけですが、すると、これは必然的に店長さん自身だけの問題ではなくなってきます。

スタッフさんへの指導、というのは、単に店長さん自身の経験則と個人プレイだけに頼っているばかりでは、店長さん自身の経験値がそのまま指導力の限界点になります。しばしば言われますが、このスタンスでは

「店長さん以上に仕事ができる人材は現れない」

のです。しかも、その限界点近くまで到達してくれるスタッフさんもごく限られることになってしまうことでしょう。

むしろ、店長さんは

「指導」という業務をお店にいる全員に解放する度胸が必要です。

それは、もちろんお店のレベルアップに直結しますが、それだけでなく、結局は店長さん自身の指導力の向上にも寄与する、つまり、自分の指導力の限界点を押し上げることにもなる、と私は考えます。そして、もうひとつ、こういうスタンスにあって初めて、

「自分以上の人材が輩出される可能性が出てくる」

とも言えるわけです。
トレーナーは別に偉くない
余談ですが、このブログでも、あえてSTEP2で、いきなり「指導」に関するテーマを取り上げているのも、この面を意図しています。つまり、OJTというのは、ごく初期のうちからそのつもりでいれば、多くの人が担当可能な業務であるということです。あえて言うなら、

指導とかOJTとかを担当できること、それは、お店で行う業務の中で、特にレベルの高い事柄ではない

というような再認識を図っていただきたかったのです。実際には、人への指導などというものは、それほど単純に言い表せる類のものではなく、それなりの奥深さや、たくさんのコツのようなものも当然ありますが、それは、他の業務でも同じことです。

まず「指導」というものが、特殊に例外的に高い能力やスキルを必要とするような仕事ではないのだ、他の業務と同じで、きちんと習得すれば誰でもできることなんだ、という気持ちにさせること、お店全体がそういう雰囲気を共有することが大切。それを強調したかったのです。

ここで、新人さんに対する初期のOJTなどを担当するようなレベルの人を

「トレーナー」

と呼ぶことにします。これは、私のお店でも使っている内部的な肩書きのひとつです。

通常、ごく一般的にも、指導する側をトレーナー、指導される側をトレーニーと呼びますが、今までこの名称を使わず、指導する人、とか、教える側の人、とか言って、わざとこの言い方を避けてきたのは、この「トレーナー」という言い方を肩書き名称として限定して使いたかったからです。

さて、ここでは、トレーナーといっても、まず担当する部分は主にOJT、中でも「習得」についてのサポートをする人、という意味です。典型的には、最初に述べたような新人さんの指導係になれるくらいの人、と考えてもらえばいいでしょう。

事実、初期研修というのは誰もが担当しやすい部分であると同時に、指導者としての基本的な考え方や、スキルを蓄積させるのに都合がいい部分でもあると思います。その範囲で実行可能なスタッフさんには、すでに「トレーナー」という、一種の資格を付与するわけです。

ですから、トレーナーという肩書きを与えられたからと言って、特に優れたスタッフさんである、という意味にはなりません。むしろ、そんな特殊な位置付けにしたくないわけで、極端に言えば、お店のほとんどのスタッフさんが、一定期間のうちに、まずトレーナーという称号を得るのが当然、という状況にしたいわけです。
全員をトレーナー化する
いずれOJTの「やる側」を経験させようと思うからこそ、初めからお店全体として、それを意図した枠組みや、指導方法をとることが可能になります。トレーナーという立場を任せられるような「指導力や資質を持った」スタッフさんがたまたまお店に入ってくるのを待つのではありません。それでは、いつまでたっても環境は変わりません。むしろ、お店に入った時点で、全員がすぐにトレーナーになる運命だ、というくらいに考えるべきです。

ところで、スタッフさんのほうからすると、ふつう自分が新人さんだとしたら、すぐに自分が指導する立場になるなんて想像もしていないかもしれません。自分は、相当の期間、当然にOJTを「やってもらう側」だと思い込んでいます。それが、ある段階で、

「じゃ、彼の研修、君に頼むよ」

と、突然言われたら、それは誰でも面食らいます。

「えーーー!?無理ですよーーーー」

という確率が非常に高いです。

ですから、まず決まりごととして、トレーナーになるということを入った当初から先に言っておくことが必要です。そのためには、「トレーナー」を店内の制度として提示してしまうのが、ひとつ有効な策なのです。

「いつまでに、トレーナーの資格を取ってください」

というのは明確で分かりやすいですし、そういう形が決まっていれば、本人はもちろん、周囲の仲間もそのつもりで接するようになるでしょう。
「置き換え」意識を育てる
当初から、早い段階で自分も「指導する立場」になるということが分かっていれば、本人もそれなりの気持ちで、指導を受けている時点でも、その前提で聞く姿勢になります。

たとえば、前に言ったように、単に動ければよい、結果的にできるようになればよい、というだけでなく、

「今度、自分が説明する時には、どのように言ったらよいか」

という視点が持てます。または、自分が初期研修を受けている際にも、

「自分が行う場合、どういう点に気をつけたらいいだろう」

という観点から、指導内容や、指導している人を観察するようになります。つまり、最初から立場を置き換えて理解するように自然に誘導されやすいわけです。実はこれが、今指導を受ける段階でも良い効果をもたらします。

前に述べたように、仕事を早く覚えたり、周囲の仲間のよい部分を吸収したりするには「良い学習者の態度」を知るのが近道です。そのために重要なことのひとつが「置き換え」なのです。自分が指導する側になるという前提があると、自然に良い指導の受け方を身に付けてゆく確率が高いと期待されます。

そうなると、日々のOJTに費やす時間が短縮できるばかりでなく、「誰が教えても」うまく消化してくれる可能性が高まります。置き換え視点が持てる人は、どんな指導を受けてもそれをうまく生かすことができるからです。すると、個人の「指導力」などというものにそれほど依存しなくてもいいわけです。
指導することも指導する
通常、4STEPトレーニングは、

「できるようにする」

というところで指導が終了します。別に間違いではないのですが、私は、ここにもうひとつ、

○ 今覚えたことを、他の人に指導できるようにする

という項目を付け加えたいと思っています。つまり、特にトレーナーだとか、制度がどうというのは別として、

「教えてもらったことは、今度は誰かに教える可能性がある」

という認識を初めから持たせるために、5STEPを前提と考えるわけです。

1 やってみせる
2 説明する
3 やらせてみる
4 できるようにする
5 教えることができるようにする

これは、自分がトレーナーの立場になった際に役立つだけでなく、単純に、今OJTを受けている段階での理解度そのものにも非常によい影響を与えるように思います。

どこのお店でも実際しばしばスタッフさんの口から聞かれるセリフですが、たとえば、

「実際やってみないと、できるかどうか分かりません」
「言ってることは分かるんですが、なかなかできません」

といった指導のジレンマのようなものが起こりにくくなります。たとえば、実際にやってみる時に発生する問題の中には、実際にやる以前に、

誰かに説明してみようとすると、その時点で発見できる

ものもたくさん含まれているのです。前に言語的理解と非言語的理解と言いましたが、たいてい、本人が何となく理解できているように感じていたとしても、説明しようとしてしどろもどろになるような場合には、実際にひとりでやらせてみた場合にも

「あれ、やっぱりできません」

ということになるのは目に見えているのです。だから、しばしば説明を終えた後、

「分かった?」

と聞きますが、そうではなくて、

「これ、誰かに教えられる?」

と聞くのが効果的です。
指導する側のメリット
現場での「OJT」に関して言えば、ある程度の基礎的な経験を積んだ時点で、かなり早い段階で経験したほうが有効です。

人に指導することが、自分の中で作業の意味や手順を見直す機会になるでしょう。説明できないということは、教えてもらった通りに動くことはできるし、同じ手順を繰り返すことは「できている」のですが、まだそれを本当に自分の意識的な判断によって「できていない」ということなのです。

たとえば、指導しようとすれば、当然さまざまな相手の疑問、質問に答えなければなりません。

「もし、こうなった場合はどうしたらいいのですか?」

と聞かれたら、すぐ答えなければなりません。もし、そこで詰まってしまうとすれば、実際にその状況になった場合にもお客様の目の前で対応に詰まってしまう、ということでしょう。教える、ということは、自分にとって未経験な対応なども含めて、さまざまな場面対応をリハーサルするのと同じ効果があります。今教えている人の態度や動作を見ることで、自分自身が経験を積むのと同じ効果が期待できるわけです。

また、指導を受けて間もない場合には、当然自分が受けた指導内容を覚えており、それとの比較によって指導の仕方を工夫しようとするから効果的です。たとえば、自分が教えられている時に言われたことの意味を、はたと納得できるときがあります。

また、自分が説明を聞いたときに分かりにくかった点などは強調して伝えようとするでしょう。説明が長ったらしいと思えば端折るでしょう。こういう面は、記憶に新しい時期のほうが有利です。

上級者から見ればまだまだ拙い工夫ではあるでしょうが、それでも、ありきたりな一般論や、おかしな固定観念を持ってしまう前の段階で

「どうしたらうまく指導できるだろう」

ということを具体的に考えられることが大切なのです。
知識を体制化する効果
「もし、こうなった場合はどうしたらいいのですか?」

新人さんのこういった素朴な質問に、実際の事例も交えながらすらすらと答えられる・・・それが、良い指導担当者というように思っている人が多いかもしれません。

しかし、実は、こういった質問に単に答えられるだけでは、人にものを上手く教えることはできません。

今その質問が、ひとつの作業なり手順なりを上手く覚えるためには、余計な質問かもしれないからです。そういうとき、

「それは、また後で説明します」
「今それは関係ありません」

といった判断ができなければならないでしょう?

「また後で説明します」

といった場合には、もちろん実際にそれは後で説明しなければなりません。単に時間がないからとか、そういう理由でつい「後で」といってしまった場合、

「あの、いったいいつ教えてくれるんですか?」
「あ、忘れてた・・・」

ということになるものです。ところが、後回しにするのはきちんと理由があって後回しにするのだ、という自覚があれば、それは、教えるべき時がくればちゃんと教える予定があって後回しにするのですから忘れたりしません。

つまり、教える際には何をどういう順番で教えるか、また、今何を言い、何を言わない、といった計算があらかじめ必要ですね。それは、自分のやっている作業なり業務なりの全体を、

「自分がどう把握しているか」

ということをそのまま表しているのです。それが自分なりに整理されていればこそ、「今はこれ」「それは後」という判断が瞬時に可能になるわけです。

本当なら、相手に聞かれるまでもなく、自分が把握している全体像に沿ってスムーズに説明を進めていけば、相手がその説明から逸脱して、突然余計な質問をすること自体が少なくなるはずなのです。

もちろん、その辺は指導経験や慣れといった問題もあるのですが、もし教えているときに相手が的外れな疑問や、あまり必要ない質問をたくさんしてくるとすれば、それにうまく答えようとばかり考えても仕方がないのです。

それはあなたの「指導力」が問題なのではなく、それ以前にあなた自身の「業務の把握」そのものに問題があるのかもしれないということです。
思い切って早く経験させる
私が思っている「トレーナー」というのは、ある意味で儀礼的な意味の強い肩書きであるといえます。すでに述べたとおり、まず、早晩自分自身がトレーナーになる、と意識させることに意味があります。すると、本人はその前提で仲間や店長さんの話を聞くようになり、常に自分が指導を行う場面を先読みして想像するようになります。それ自体効果が高いわけです。

ですから、そのスタッフさんの性格やキャラクターが

「トレーナーに向いてる、向いてない」

とか、そういう話は本来あまりこだわる必要はありません。また、そういった面に気をとられすぎて、やらせる前からあれこれ説教するのは、効果も薄いし、気分を悪くします。むしろ、店長さんなどが面接時点で

「どう考えても、この人には、トレーナーはさせたくない」

と思うなら、そういうスタッフさんは、最初から雇わないほうがいいです。むしろ、トレーナーになれないような人を多く抱えてお店を回しているから、トレーナーが特殊な業務に思えてくるわけです。この意味でも、早晩トレーナーになる、と分かっているからこそあらかじめ判断ができるのです。

ただ、性格や資質ではなく、知識や技術の面で、店長さんなど上の人から見ると、作業や動作についてまだまだ不十分な点がある、というように思える場合もあるでしょう。

「もっと、スムーズにできるようになってからでないと、人に教えるなんて無理だ」

というふうに考えがちです。すると、もう少し、もう少し様子を見よう・・・となりがちです。特に、スタッフさんの中に、すでにトレーナーを任せられるような特定の人がいる場合、ついそちらに任せたほうが安心だと考えて、他の人に教える機会を与えなくなります。

しかし、スタッフさんの平均的な勤務期間を考えると、そうやって少しずつ先延ばしにしていることが、自店の人員サイクルを維持できない理由かもしれません。

もちろん、教えようとする作業そのものの「習得」が不完全な段階でトレーナーにしてしまうのは問題があります。ただし、習得はもうできました、というお墨付きを与えたならば、以後の「修正」は継続的に行うにしても、もうトレーナーになる条件は満たしている、と考えて、思い切って早く任せてみるのがよいと私は思います。むしろ、他人に指導するという行為が、自分の動作の「修正」をも促す面があります。それも、上から見ればOJTの一環ともいえるわけです。

もちろん、指導する側に対するサポートや指導を想定していないと、よいトレーナーは育ちません。指導担当者だとか言って、すべてを負担させ、任せっきりにしておくことの無意味さは前に述べました。
フォロー役になる
仮に、今お話したような取り組みの結果、お店のスタッフさんにどんどんトレーナーという肩書きを与え、新人さんへのOJTを早期に経験させることができる状態になったとします。

しかし、これだけでは、順番から言って、ひとりのスタッフさんが、次に入ってきた一人の新人さんを指導するだけで終わってしまうことになります。つまり、お店の延べ人員数が変わらないとすれば、理屈の上では、お店のスタッフさん全員がトレーナーになるということは、伝言ゲームのようなもので、結果的に

ひとり、1回は新人さん担当になる→以後二度となる機会はない

というだけになります。実際には、個々の雇用期間やシフトの組み方の問題などがあって、そこまで理想的な状態には、なかなかならないのですが、いずれにしろ、これをそのまま放置すれば、本当に一種の通過儀礼のようなものになってしまい、その後、トレーナーと呼ばれているにもかかわらず、指導側としての意識はすぐさま消えてしまいます。

そこで、必要なことは、前にも言ったとおり

新人さん研修は、お店全体で行う

という共通認識です。お店で働いている限り、通念として、全員が直接、間接に指導というものに関わり続けてゆくという気持ちでいることが重要になります。

トレーナーという名称は、実は単に新人研修を担当させるためというよりも、それを機会にお店の「指導的環境」を作ることに貢献してもらいたいから与えるのです。

要するに、冒頭述べたように、通常お店では、特定のスタッフさんが、新人さんが入ってくるたびに初期研修を一人で行っており、周囲のスタッフさんは我関せずと無頓着に傍観、あるいは無視している・・・この状態を変えるところに真意があります。

むしろ、全員がトレーナー化してゆくとすれば、必然的に今新人研修をしているスタッフさんは、周囲の仲間から見たら一番後輩のトレーナーさんなわけで、自ずと周囲の協力体制や干渉度合いも変わってくるはずです。また、そういう雰囲気を作り出し、明に暗にフォローしてあげるのが管理者の役割とも言えるでしょう。
少しずつ手を放す
完全に理想的とはいかなくても、形として、ここまで述べてきたような体制が構築できれば、おそらく、スタッフさんは時間とともにぐんぐん成長するようになるでしょう。そして、店長さんが孤軍奮闘しなくても「人が育つお店」に変わってゆくのを実感できるはずです。

とともに、おそらくこのような環境下では、店長さん自身が常に一方的に指示、命令を出し、スタッフさんの知識不足を常に補いながら、お店の業務レベルや、サービスのクオリティを維持し続けなければならない、といった状況から解放されます。

さらに、お店全体が、いつでも「教え、教えられる」ことを当然のように思える雰囲気と、それをバックアップするような枠組みや、規則といったものが出来上がってくると、トレーナーに対する店長さんの干渉も少しずつ減らしてゆくことができます。

自転車に乗る練習をする時のように、最初は、後ろでしっかり支えてあげなければなりませんが、スタッフさんたちが慣れてきたら、少しずつ、いつの間にか支える手を離し、後ろで見守っていればよい状態になります。後は、転びそうになったら助けてやれば十分なのです。

店長さんは、要するに少しずつ出番が減っていきます。

たとえば、以前のように問題が山積みで、どのスタッフさんにしてもいちいち、あれこれ教えなければならなかった、という状態を思い出すと、一見、店長さん自身が指導する場面がなくなり、スタッフさんと密に接する機会も減ったかのように感じられるかもしれません。

しかし、出番が少ないというのは、裏を返せば、必要な部分により力を割り振ることができるということでもあります。また実際には、このような仕組みの中では店長さん自身の指導力や、管理スキルも向上しているはずなのです。自分が向上しているので、指導に割く時間も労力もさらに減ってきたわけです。まず何も心配することはありません。

それよりも、その状態だからこそ、以前は手の付けられなかった様々な課題に取り組む余地が生まれているはずです。何をするべきか、次に何をスタッフさんに求めるべきか、というように先を見ることが肝心だと思います。
リーダーシップのプロトタイプ
お店の管理手法、また、いわゆるリーダーシップの取り方には、3つの雛形があって、それは

1 強制的
2 民主的
3 放任的

と言われています。スタッフさん同士が教えあい、育つ環境になってくれば、たいてい「民主的リーダーシップ」による管理が可能になります。しかし、前に指導スタイルの話でも書きましたが、こういうタイプ分けというのは、どれが良くてどれが悪い、という問題ではありません。現状を考慮しないで一般論的に常に「民主的」が一番だと思っていても、うまく対応できない場合があると私は思います。

民主的リーダーシップを体制として維持するには、今まで述べたような環境作りが不可欠だと思います。私が経験上思うには、民主的リーダーシップがよい状況を作る、という例よりも、良い状況を作り出した時に初めて民主的リーダーシップによる管理がマッチするようになる、という例のほうが多いような気がします。

また、いったんこういう状況が出来上がったとしても、たとえば中核となるスタッフさんの退職や、管理者の人事異動などによって、また元のように戻ってしまう場合もあります。そういうときには、また手順を踏んで環境作りを一からやり直さなければならない、ということも起こります。大きな変化がないように見えたとしても、スタッフさんのモチベーションやお店の人的環境というのは、ある程度自律的に持続するようにも見えますが、焚き火のようなもので実は常に燃焼するエネルギーを与え続けなければ、いつか燃え尽きます。

こういう変化に常に対応できる柔軟性をもっていることが、本当のリーダーシップ、管理スキルといえるものだと私は考えています。単に、

「スタッフさんの話に耳を傾けること」
「一つひとつきちんと教えてあげること」
「誰とでも気さくに話し合うようにすること」

といったポイントはどれも大切なことだとは思いますが、それらを蓄積していけば管理スキルが上がるというだけのものでもないわけです。また、いつも「民主的」を心がけているとか、いつも、みんなをぐいぐい引っ張ってゆくのが自分のやり方だ、とか、状況によらず自分のスタイルに閉じこもってしまうのもあまりお勧めできません。むしろ、

自分は、どの管理スタイルでも状況によって選択できる

というのが一番強いスタイルです。
指導上の注意は端的に
トレーナーをたくさん作ろうとすると、当然

指導のやり方を具体的に指導する

必要が生じます。必ずしも、いきなり高い指導力といえるようなものを求める必要はないですが、おそらく実際、

「こういう点に気をつけて、研修を進めてください」
「こういうふうに考えて行うと、相手にも分かりやすいよ」

とか、指導している人に対して、店長さんや先輩格のトレーナーさんからアドバイスできる場面が多くなると思われます。

ただ、前にも言いましたが、指導というものに熱い思い入れを持っている店長さんほど、

「指導というものの重要性」
「人を動かすのが、いかに難しいか」

といった面を、自分の経験なども交えてたくさん語りたくなる傾向があります。もし、そういった話をするなら、ごく上級者に対して語ってあげてください。

初期の段階では、必要な情報を絞って、

「この点だけ注意すれば、確実にできるよ」

というように思わせることのほうが大切です。これは、他の業務を教える場合も同じですが、「指導するという行為を指導する」というときにも等しく当てはまります。
評価語に注意する
トレーナーとして比較的初期の段階でOJTを行う時に、注意すべき点をいくつか、私なりに挙げてみたいと思います。

初めてOJTを担当するようなトレーナーさんにまず言っておきたいこととしては、

OJTの最中に、安易に「評価語」を口にしないでください

ということです。評価語というのは、相手に特定の評価を与えるような表現、ということです。たとえば、もちろん、

「ぜんぜんダメだなー」
「何回言ったらわかるの」
「そんな人いないよ」

とか、他人と比較して劣るような言い方、全否定的な言い方はしないようにします。また、これとは逆に、

「すばらしい」
「すごい」
「さすが」

というような、いわゆる「ほめ言葉」があります。言い方にもよりますが、トレーナーさんがこうした言葉を安易に使いすぎると、トレーニーの心象に影響します。

トレーナーさんは、トレーニーの人を安心させようと思って(または、自分が安心したいがために)つい、本当は完全に確実にそう思っているわけではないのに、変にほめたりします。しばしば聞かれますが、

「あなた、経験者だから接客態度はぜんぜん問題ないね」とか、
「最初で、これだけ出来ればたいしたもんだよ」

と言ってしまいます。誰でも一度くらいは聞いたことがあるでしょう。

「え?これのどこがいけないんだ?」

と不思議に思うかもしれませんが、そのデメリットはいくつかあります。私が思うに、第一に、こうした表現によってトレーニーが

「この面は、もう注意しなくていい」

とか勝手に思ってしまう場合があるからです。当然、初期段階で教わる内容というのは、その後ずっと繰り返してゆくような事柄ですので、原則は常に意識し続けなければならない点が多く含まれています。また、「いい」とは言っても、それは「習得」においていいだけで、まだ指導を必要とする段階であることに変わりないのです。トレーナーに変な誤解を与えます。
ほめれば伸びる、が
第二に、こうした態度は、トレーナーさんに対する信頼を失わせる場合があるからです。特にまだ教えることに慣れていないトレーナーさんの場合、人によっては、教えられている立場でいながらトレーナーさんを軽く見たりするトレーニーが現れたりして手を焼くことがあります。言葉は悪いですが、要するに「チョロいな」と思わせてしまうのです。

また、トレーニーは、ややもすると、今受けている指導をきちんと進めることよりも、たとえば、仲良くして採用されやすくしようとか、お店での人間関係をうまく作ろうとか、余計なことを考え出したりします。これらは仕事全般的に言えば「余計なこと」とは言い切れないかもしれませんが、少なくとも今OJTの最中に考えることではありません。

第三に、OJTの最中にほめるというのは、トレーニーにある種の成果的な心理を直接呼び起こすからです。また、何についてほめられているかが特定しにくいからです。

OJTは、ごく単純に言えば今指導している内容について習得すればよいのであって、たとえば、接客においていくら笑顔が素敵でも、今習っていることの達成基準を満たしていなければOJTは成立していません。それ以外の点で今ほめたり、けなしたりする必要はないのです。たとえば、もし、素敵な「笑顔接客」が自然にできているトレーニーさんがいたら、「笑顔」の項目をチェックする時に「OKです」と言えばそれでいいわけです。

そして、OJTしているその内容そのものに限定して言えば、今指導してもらって、その通りできた、ということ自体は、いわば想定通りの当たり前であって、別段ほめられたことではないのです。「OK」だったら「OK」なのであり、いちいち露骨に

「感情を込めてほめられないとOKでない」

かのように感じてしまっても逆効果なわけです。

しかし、人は「ほめれば伸びる」という話は、みんな知識として知っていますから、まだ慣れていないトレーナーさんほど、良かれと思ってつい過剰にほめようとしてしまうことが多いように思います。

ほめたいんだったら、OJTとは明確に区別できる場面でほめてあげてください。むしろ、指導の場を離れたところで「ところで・・・」という感じで

「いつも元気が良くて気持ちいいね」
「さっきの接客、とっても良かったね」

とかいうのは効果的なのです。それはOJTとは明確に区切って伝えればいいわけです。
伝えるべきことを伝えること
評価語について慎重になる理由は、第四に、評価者と指導者を分離したいからです。前とも関連しますが、トレーニーが、

トレーナーに認められること

を直接的な目標と考えてしまうのを避けたいわけです。それを許すことによって、トレーナーの個人的な性向やキャラクターが指導の成果に強く反映されやすくなります。また、たとえばトレーナーが「すごくいい」と言ってくれたのに、その後、店長さんとかが「いや、もう少し・・・」と食い違ったことを言った場合、トレーニーは強い違和感を持ちます。

だから初期研修をスタッフさんに任せず、店長さん本人がやりましょう、という話になってゆくわけですが、そうではなくて、トレーナーが安易に評価語を多用したり、評価的な態度や表情を見せたりするところにまず問題があります。

そして第五に、実は、

「自分の言動はトレーニーの心理に影響する」

と思って、慎重に言葉を選ぶようにすべきだということを最初に意識させることはむしろ「トレーナーさんにとって」大切なのです。先に言った4つの理由は、裏返して言うと、トレーナーさんのほうが、楽に流れたり、不安を解消するために自らそういう状況に誘導してしまうという面もあって、それを避けるためにトレーナー自身の言動をコントロールしてあげることが必要なのです。

ただ、これをそのまま

「態度や言動に気をつけて」

というふうに伝えると、余計におかしな気を使ったり、変な思い込みを持ったりすることになりかねません。そこで、「評価語」などという言い方をしているわけですが、実際こういう点を意識させると、おそらく初めトレーナーさんはたいてい、なんというか、「そっけなく」なります。いわば、淡々と研修を進めることに専念しようとするわけです。

一見、それは「指導に必要なコミュニケーション」とか「トレーナーとして理想的なキャラクター」というイメージと逆行しているようにも思うかもしれませんが、私の実感としては、そういう面にばかり意識がいくのは、トレーナーとして成長するためにはむしろ遠回りなので、これはこれでいいわけです。

最も原則を言えば、OJTを実施している最中は、今教えた内容が、想定する基準どおりに

「できてます」「できてません」

ということを的確に伝えることのほうがまず重要で、初めは、それだけできていれば十分です。自分なりのコミュニケーションのとり方、言葉の使い方、態度や表情・・・といった、一般的にも想像可能な事柄は、慣れるにしたがって自分で付加してゆくことができ、誰でもきちんと指導できるようになると思うのです。逆に、それを明確に意識しないと、気ばかり使って芯がない教え方になりがちです。人によってばらつきが生じ、よってトレーナさん個人の能力に依存したOJTからいつまでも脱却できません。
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