店長力 > 2007年03月
いらっしゃいませ(^^)
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基本と初歩
ただし、例外があります。単に作業の効率として考えた場合は、原則これでいいのですが、今度は、

本人の習得しやすさ

を条件に考えた場合、多少違った順序になることも考えられます。

と言っても、簡単な作業から教えてゆく、というのではありません。

少し余談ですが、しばしば、「仕事の基本」「基本的な心構え」といった表現をします。一方で、「初歩」という言葉も使います。この「基本」と「初歩」は、内容的には似通ったものをさすことも多い気もしますが、まったく同じと考えてよいのでしょうか。

いろんな言い方があるとは思いますが、ここでの話に引き付けて、私なりの説得的な定義を披露すると、

基本とは、

○ 最もひんぱんに用いるもの

そして、初歩とは、

○ 全体の理解のために、最初に必要なもの


と、考えてみたらどうでしょうか。

初期研修、また、その後の長期的な指導とか、抽象的な心構え、といった範囲に広げて考えたとしても、やはり使用頻度の高い内容から先に教えてゆく、というのが効率的であることに変わりありません。これを「基本」と呼びます。つまり、前で書いたように、問題は使用頻度であり、使用頻度の高い内容ほど、基本である、と考えるとすっきりします。

ただ、もうひとつには、今言った「本人の習得しやすさ」によって順番を想定することを考えます。

ある到達地点を想定した場合、そこに至るために最も効率のよい習得の順番、というのが想定できるわけです。このために、一番早い段階で習得すべき内容のことを、「初歩」と呼びます。こう考えると、単に

○ 覚えるのが簡単だから「初歩」なのではない
○ 誰でも実行できる内容だから「初歩」なのではない

ということになります。また、作業や動作に密着した具体性のある内容が初歩で、抽象的な事柄は初歩じゃない、というようにも一概には言えないわけです。

OJTで教えるかどうかは別として、ごく精神論的な事柄と思えても、「初歩」に含まれるという確信があれば真っ先に教える必要があったりします。
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小さな改善を繰り返す
以上を加味して、あらためて指導項目を分類するとすれば、それは、大まかに言ってたとえば、

1 基本であり、かつ、初歩である事柄
2 基本ではないが、初歩である事柄
3 初歩とはいえないが、基本である事柄
4 初歩とも、基本ともいえない事柄


というふうになります。これを、どういう順番で並べ、どれくらいの期間で習得するのが妥当だろう、というのが、まさに「判断しどころ」なわけです。

とはいえ、最初からそれほど難しく考える必要はありません。いずれにしても問題は、

○ 教える順番がその都度の事情や気まぐれで決定されること
○ 非現実的な想定であるために実体が崩れてしまうこと
○ 全体像が本人に示されていないこと

などです。以上のように、一度現状を見える形に表した上で、こういったポイントを踏まえて少しずつ改善を蓄積していくこと。長期で考えた場合、それが制度やマニュアルを維持、向上する鉄則だと私は考えています。

ところで、偉そうなことを書いていますが、私自身の運営するお店にしても、未だ決して万全の指導体制だ、と胸を張って言える状態ではないので、安心してください・・・ただ、本当は重要なのは、

少しずつでも改善途上にあること

なのではないでしょうか。つまり、まずはお店の指導業務を「軌道に乗せること」が一番で、その後も、改善そのものには終わりはない、という気持ちでいたほうがいいと思います。
実践の順序も組み込む
繰り返し行う回数の多いものから教える

というのは、言い方を変えれば、

(その場しのぎとは違う意味で)日常発生する業務遂行との整合性

というようにも表現できます。つまり、指導は指導でいいのですが、その、受けている指導の内容と、今度指導ではなくて実際に自分が行う業務のあり方とが、なるべく一致していたほうが理解しやすいわけです。言ってみれば、OJTとは、そのためにあるようなもので、

「指導は終わった」
「さて、じゃあ自分でやろう」

と思ったとき、

「あれ?自分ひとりじゃ、できない」

ということになっては、もちろん意味がないわけですね。それで、ひとつには指導順序に複数の流れを想定する必要があるわけです。

とともに、ここでもうひとつ、現場的な事情もあるでしょうが、原則として、ある1つのまとまった内容を指導されたら、その事柄をそのまま実践する機会を「すぐに」与えてあげなければなりません。たとえばですが、1日に2つの作業を教える余裕があるのなら、1つだけ教えて、それを実践させる機会をその日の内に作ってあげたほうが効果的ということです。そして、

「もうこれは自分ひとりでできる」

という確認をさせてあげます。そうして初めて、次の内容の指導に進める、と考えるべきです。

指導、という観点ばかりにとらわれると、どうしても、

「全部一通り教えた、実践は全部後回し」

ということになりがちですが、これはあまり効果的な手法ではありません。つまり、指導項目を順序付けするときには、「教える順番」と同時に「実践させる順番」も組み込んでおくことが必要で、例えば、新人さんだから、何日間も

「指導を受けるだけで勤務時間が終わる」

という状態は好ましくありません。どこまで習得したら、どこまで作業を負担する、というように、どの程度ルーチンに組み込む、また、どの時点でどういった役割を期待する、といった、指導以外の事柄の順序もある程度決まってくると思います。

以上、動作的なものにしろ、精神的なものにしろ、言いたいことはたくさん出てくるでしょうが、そこをいかに選別し、短縮化するか、ということのほうがむしろ重要であることが多いと私は思います。

今そこで使っている労力や時間を、中級以降の指導や、あるいは自分ひとりで実際の経験を積ませることなどに割り振ったほうが効果的だという場合が多いわけで、過剰な説明や指導を繰り返しているのは、つまり、各スタッフさんからそのための時間を常に奪っている状態とさえ言えます。
一般的なOJTの定義
ごく一般的に、たとえば、辞書的な定義では、OJTとは

仕事の現場で、業務に必要な知識や技術を習得させる研修。現任訓練。
http://dictionary.goo.ne.jp/

職場での実務を通じて行う従業員の教育訓練。
http://dic.yahoo.co.jp/

などとなっています。これは、まあごくふつうの理解かと思います。しかし、一般的過ぎると言うか、定義としてはあいまいな気もします。ということは、お店で一般に考えられるOJTというのについての理解も、自然とあいまいで捉えどころのないもの、と思われがちだという気がします。

検索してみると、wikipedia には割と詳細な説明が載っていました。そちらの説明の中で、私は末尾にあった一文、

OJTの要諦は、意図的・計画的・継続的の3つであり、これを欠くものは本来のOJTではない。
http://ja.wikipedia.org/wiki/OJT

という部分は注目に値すると思います。今まで述べてきたこととも一致するように思います。仮にこれをOJTの定義に含めるとすれば、たとえば

○ 現実の業務の遂行の中で支障や問題が「たまたま」発生したとき、これを注意したり、修正したりする行為
○ 職場で、たとえば店長さんとかが、ちょっと手が空いたからといって、スタッフさんを事務所に呼んで、そのとき思いついたことを説教する行為
○ ごく最初の新人研修だけは全員に行うが、その後は特に何も想定されていない状態

これらは、OJTの姿はしていても、厳密には何か別のもの、あるいは、本来のOJTと呼べるような形に至っていない状態だ、と解するしかないようにも思えるわけです。
指導?研修?育成?
一般に、仕事の上で「指導」「育成」「研修」などの言葉は非常にひんぱんに使われますが、その意味内容をあらためて考えるとごくあいまいで、人によって捉え方が違ったり、区別なく使われたりするものです。また、実際に行なわれる内容となるともっと錯綜します。

実は、OJTという言葉も、おそらく人によってそれぞれに、あいまいに、まちまちに使用されています。もちろん、OJTって何?と一般的に聞かれれば前で挙げた定義の通り一応の説明はできまず。しかし、たとえばお店でスタッフさんに、

「採用されたら、OJT以外に何があるんですか?」
「では、このお店で行われるOJTの方法は?手順は?」

ともし聞かれたら、「う~ん・・・」と考え込んでしまう、ということにならないでしょうか。

実際にこんな質問をするスタッフさんはあまりいないでしょうが、これは、一般的な定義として理解できる言葉でも、それに付随するイメージやニュアンスが人によって大きく異なることがあり、しかも、ふだんは意識もせず、それはそのままで互いに言葉を交わし、理解し合っているつもりになっている、ということです。このため、常にコミュニケーションに齟齬が生じたり、疑問が発生したりするのではないでしょうか。

さて、たとえば、コンビニなど、比較的小さなお店でアルバイトのスタッフさんに施される「指導」というのは、まずほとんどがOJTの範疇だと思います。ですから

指導=OJT

というように何となく思っているかもしれません。中でもまず、すぐにイメージされるのは、前で述べたような、入ったばかりの新人さんに対する「初期研修」のようなものでしょう。実際、多くのお店では、

OJT=初期研修

というふうに捉えられているのです。ということはつまるところ、

指導=初期研修

ということになってしまいます。意識するともなく、何となく「そんな感じ」で日々指導が行われています。しかし、これでは指導する側が意図している内容や、思いは伝わりません。
言葉の問題として話し合う
OJTを行えるスタッフさんを作りたい、できれば全スタッフさんにOJTに参加してもらうような環境を作りたい・・・とは思っても、現実を見ると、とても指導など任せられる状況ではない、とんでもない、と感じてしまうかもしれません。まず、たいていの場合、方法論以前にスタッフさんの意識を変化させなければならない、と感じるでしょう。

日頃あまりコミュニケーションが取れていないという負い目などもあってか、新たな試みや、今までと違う役割を与えようとか思ったときには、とっかかりとして、何から話し始めたらいいのかと悩んでしまうことがあると思います。

ふだん気軽に議論できるような土台ができていない場合、変に意気込んでしまうと余計に問題が生じるようにさえ感じます。たとえば、いきなり今実際に起こっている具体的な問題点を話し出すと、スタッフさんは警戒心が先に立って自分の意見を言うのを拒絶したり、人間関係上遠慮したり、または逆に、日頃たまっている不満を一気に吐き出そうとしたり、特定の仲間を責めることに固執したり・・・と不毛な方向へ話がそれがちです。

そういう場合、上で挙げたように、OJTという言葉、または「指導」「育成」「研修」というような言葉を、まずは

言葉としてどう分類するか、解釈するか

といったところを店長さん自身が考えることをおすすめします。そして、店長さんの考えをもとに、スタッフさんと話し合ってみるとよいきっかけになると思います。具体的なお店の問題点にはまだ触れずに、まず、あえて単なる「言葉の問題」として論じるのです。

何かの拍子に、ふと思いついたかのように、

「それにしても、研修って、結局どういうことだと思う?」
「指導って、一言で言うと、何なんだろう?」

というような振りから入るわけです。

私もよく使う手法なのですが、最初、単なる言葉の問題として話し始めると、割とソフトに話ができます。最初は、自分なりの言葉で考えを述べてもらうだけで十分なので、特に、考えを押し付ける必要も、どちらが正しいとか決める必要もありません。

そこからだんだん、

「当店では、指導といえばこういう意味だと考えよう」
「OJTは、こういうことで、お店ですべきことはこれとこれ」
「研修は、こういう手順と段階に分けたらいいんじゃないかな」

というように、お店の枠組みとして全体をどう捉えるか、何が何に含まれるのか、という点へと自然に興味が移ってゆくのが望ましいですね。関連して、他にも、

「管理」と「監督」、「分担」と「役割」、「指示」と「命令」

というように、似ているようで何となくニュアンスの違う言葉というのは結構あります。それぞれが現実に何を指しているのか、フランクに話してみたらいいと思います。
研修とは何?
例えば、「研修」といえば一般に、一定の枠組みというか形式が決まっているものを指すようなイメージがあるでしょう。つまり、日程やプログラムがあり、一つひとつコンテンツもあらかじめ準備されていて、その通りに進めてゆく、といった感じです。

単純に言えば、指導や育成といったものの中で、

すでに内容と形が決まっているもの

のことを研修と呼ぶ、と考えてもよいかもしれません。

典型的なイメージだと、いわゆる「座学」を思い浮かべると思います。テキストかレジュメに沿って、講師の話を聞くことが中心です。一部、参加者の発表の機会があったり、ロールプレイングなどがカリキュラムに組み込まれていたりしますが、これらはいずれも、いわゆるOFFJTになります。

それで、ともすると

研修=OFFJT

と何となく思っている場合もあるかと思います。

しかし、今こうしてあらためて聞かれると、そんなことはありませんよね。お店でも、「最初の何日間は、研修期間です」とか言いますし、その研修というのは、たいていOJTを指しています。

また、現場で行われるOJTだって、やろうと思えばカリキュラムを作ることもできますし、テキストやレジュメを使うこともできます。

もちろん、内容が流動的だからといって「研修」と呼ぶに値しない、と単純に言うこともできません。

「ウチの店では、業務はOJTによって覚えていただきます」

という場合、それがどの程度定型化された内容なのかはまちまちなわけです。

このように、ある言葉の典型的な定義やイメージと、実際の内容は必ずしも一致しません。むしろ、ある言葉が何を表すのかは、そのお店、お店で「意識的に決める」ことができるし、特定の定義とその範囲、具体的な内容を共有しておくことが有効でしょう。
指導方針を共有する
さて、一般的にイメージとして、OFFJTは定型化されているけど、

OJT=ランダム、その都度、その場その場・・・

という印象が強く、その都度発生する現場的な指導のことをOJTと呼ぶ、みたいな感覚になりがちです。繰り返しになりますが、「研修」と呼ぶかどうかは別として、OJTについても、やろうと思えば定型化できる部分が多いと思います。また、定型化したからといって、その枠から外れたものは一切行われない、というわけでもない。

要するに、指導内容や方法論がどの程度定型化されているか、という問題と、OJT、OFFJTという分類の問題とは、関係ない、ということです。

このあたり、実は、語義を考えることは、つまり枠組みや位置付けを明確化してゆくことと同じなのですね。

こういったアプローチは、お店での指導やスタッフさんの成長を俯瞰的に考えるきっかけにもなると思います。言葉について話し合うことは、

○ スタッフさんに指導を担当させようとする場合
○ すでに一通りの業務を習得した上級者へのアプローチ
○ 意志の疎通がうまくいっていないと感じるスタッフさんへの対処

などに、導入として広く使えます。こういった話題は、直接的には、今起こっている特定の問題や、本人への指摘ではない、ごく一般的な話題として話し始められるからです。

そして、指導スタイルや指導項目などの問題も含めて、まずはお店として、または、チェーンとして、指導の全体像をいかに明確化するか、定型化するか、それ以上に、

それをどうやって共有化するか

ということが実は大きな問題なのです。一人ひとりのスタッフさんにどう対応するか、一つひとつの改善をどうやって行うか、といった末節ばかり考えていると片手落ちなわけです。
習得、修正、意味付け
もし、スタッフさんとフランクに話し合える土壌ができてきたら、次には言葉の意味とともに、それぞれの「目的」について考えることも有効です。今までの話を踏まえて整理しますと、一口にOJTといっても、その目的はいくつかに分類できます。OJTの目的というと主に

1 作業や業務の「習得」

ばかり考えがちですが、実はそれだけではありません。広く捉えると、それ以外に

2 修正
3 意味付け


があります。つまりOJTに限定しても、その目的は大きく3段階に分けられると思います。

「習得」とは、まだ本人が知らない業務を、既知の人からの指導や、マニュアル等の説明を通して理解し、覚えてできるようにする、ということで、一般に「初期研修」といえば、その内容のほとんどがこの「習得」に当たります。

小規模なお店では、初期研修自体がほぼ全部OJTになるわけですが、それはOJTのすべてではありません。前に述べたように、お店で行われる指導が初期研修だけだ、ということは、言い換えれば、行われているOJTの目的が「習得」の部分に限られている、ということです。

OJT本来の目的から考えると、この見方は非常に狭い範囲でしか見ていない、ということになります。もしそういう認識だとすれば、それ以後スタッフさんがどういう過程で業務を覚え、能力を向上してゆくのかが想定されていないということで、これでは、人が育つはずもありませんし、業務を任せられるようにもなりません。

もちろん、実際には、お店のスタッフさんはその後も、ひとつひとつ説明を受けたり、マニュアルなどを読んだりしながら、やってみて、できるようにする、という繰り返しによって業務に精通していくでしょう。しかし、指導する側が認識として、

「知らない業務をできるようにさせる」

ということだけを「指導」だと思っていると、すぐに限界が訪れます。

それは、「できるようになりました」で終わりになっているからです。いや、終わりといえば終わりなのですが、それは習得が終わりというだけです。しかし、習得そのものは、OJTとして必要なものの中でも最初の一部分にすぎないわけです。

また、前に述べたとおり、指導係、新人研修担当者が決められている場合でも、その人が主に負うべき部分は、直接的にはOJTの中の、「習得」の部分に必要な説明とかサポートが中心であって、区分していけば担当者だけに依存しない部分がたくさん出てきます。
OJTの重点は「修正」
ところで、裏返して考えれば、初期研修が比較的実行しやすいのは、その目的がほとんど「習得」にあるからです。つまり「習得」に関しては非常に定型化しやすいのです。

ところが、今度は、すでに一応「できている」作業や動作について考えなければなりません。これが「修正」です。たいてい、これについて明確に意識することがあまりないから、分かりやすい、やりやすい部分だけに指導が集中してしまいがちになり、一定レベル以上のスタッフさんが育たないわけです。

「できている」とは言っても、最初はごく典型的な手順についてであって、少し例外が発生すればすぐに業務に支障が出るでしょう。まだまだ、助けが必要です。それに、部分的に間違って覚えているかもしれないし、理解不足の部分があるかもしれない。さらには、何度かやっているうちに、惰性や勝手な判断で、手順や方法を少しずつ変えているかもしれません。

こういったズレや不足を観察して、適時修正したり、もう一度確認するように促したり、といった意味での指導が必要であることが多く、先の「習得」よりも、この「修正」のほうが本来重視されるべきだとも思えます。

そして、この部分は、いわゆるOFFJTによる対応が困難な部分でもあります。つまり、これは一番、OJTであればこそ有効に機能する部分なのです。

ところが、「修正」の段階に入ると、とたんに指導がランダムで、その場、その場になってしまいます。前で述べたように、例えば習得項目の取捨選択や、教える順番を念入りに作ったとしても、その後の修正が不十分だったり、抜けが生じたりすると元の木阿弥ということになりかねません。

そのポイントを詳細に定型化し、文書化することもできると思いますが、そうでなくても、指導する側が、一つひとつの作業項目について、ある「完成形」を少なくとも想定しておくことは必要ですし、それがはっきりしていれば修正する程度やポイントは割合明確になるはずです。

また、できればそれがある程度体系化され、管理者や指導担当者だけでなく、全員に公開されていることが望ましいのです。
修正=「回復」+「向上」
仮に「習得」そのものが不十分であって、それが後々までだらだらと「習得し続ける」ことを「修正」だと思っていると、ぜんぜん意味が違ってしまいます。また、実際によくあることですが、そもそも習得する機会を持たないまま現場に投入して、何か目に見える問題点や失敗が起こったときだけ「修正」する、というのも違います。

ですから、まず、「習得」の定義範囲、そして達成基準を明確にする必要があります。その上で、ある一応の完成形を実現した時、習得は終わります

そして、このような意味での習得、それを前提すれば、「修正」とは、

「習得」時点の状態に戻すこと

という考え方ができます。

しかし、実はここまでだけを修正だと思っていると不十分で、習得時点に戻すことは、言い換えれば「回復」なわけで、実は修正にはそれ以上の範囲があって、それは、言うなれば「向上」です。つまり

修正=「回復」+「向上」

なのです。OJTを継続する、という場合、それは実質的にはこの二本立てで行われることになります。

それぞれのスタッフさんに対して、どちらを念頭において接するべきかは判断しどころです。お店全体で考えて、とりあえず回復を優先して全体のレベルアップを図ることが必要な場合もあるでしょうが、ずっと回復だけ考えていればいいというわけでもありません。

向上という段階になると、今度はむしろ定型化されえない、むしろ現場発見的な面が重視されることになります。仮に、向上といっても、その向上するポイントや項目が固定的に予定されている場合、実はこれは、どちらかというと、既存の知識や経験を踏まえた、新項目の「習得」という意味に近くなるでしょう。

「向上」とは、常に個人差、また状況的な変動を伴うもので、そこが難しいところでもあると思います。動作も引き続き重要ですが、向上となると少しずつ意識の問題にも立ち入らざるをえなくなるでしょう。つまり、次で述べる「意味付け」と関係してきます。
意味付けは最後にする
OJTのもうひとつの目的は「意味付け」ですが、これは、作業や動作一つひとつについて、その意味、目的、意図といったものを発見させ、関連付けるような行為と言えるでしょう。ある意味で、面倒見のいい店長さんなどにとっては、一番やりがいのある部分です。

簡単な例としては、

「こうやったほうが、早いから」
「こうしたほうが、お客様が喜ぶから」

というように、作業の方法や手順には、それなりの理由が必ずあるはずです。これは、いわば「縦の意味付け」と呼ぶことができます。いわば、

○ 実体(動作そのものや作業の結果)と、
○ 概念(方略の選択理由や業務の規準に対する意識)


との結びつきを知ること、とでも言い表すことができます。

次に、その意図なり、理由なりというものは、作業ごとに独立してばらばらに存在するのではなく、それ自体がさまざまに関連を持っています。そういう部分を整理しながら覚えさせ、一定の形に集約してゆくことが必要で、お店の場合、それも多くはOJTによって行われることが多いでしょう。これは、「横の意味付け」と呼ぶことができます。概念同士の関連性を整理し構成すること、いわゆる体制化です。

よくありますが、指導を続けている過程で

「前に言われたことと違う」
「指導内容が矛盾している」

というようなことをスタッフさんが言うことがあるでしょう。本当に矛盾している場合は別として、店長さんから見ると、むしろ本人の理解が不足しているか、理解の仕方が単純すぎるために、そう感じるに過ぎない、と思えるような場合があるのではないでしょうか。

「まだまだ自覚が足りないな」
「もう少し経験を積まないと、分からないのだろう」

とか思いがちですが、この手の問題は、いわば「横の意味付け」がうまくいっていないことを表しているわけです。そして、こういう問題に行き当たるのは、もちろん内容や表現の問題であることもしばしばありますが、往々にしてあり得るのは

「先にいろいろ語りすぎている」

という場合です。要するに、先に言葉や概念だけをどんどんインプットしすぎると、スタッフさんは頭の中だけで勝手にどんどん横の意味付けを始めてしまい、それが指導者の意図しない方向に傾いてしまったりします。特にお店での仕事というのは、実際の動作との結びつきを意識せずに、頭だけで考えてしまうとむしろ弊害が多くなります。つまり、

縦の意味付けをおろそかにしたまま、横の意味付けだけ先に進行させるとロクなことにならない

ということです。私が、意味付けをなるべく後に持ってきたほうがよいと思う理由は、こんなところにもあるわけです。
OJTの全体
私が思うに、「意味付け」というのは、初期の段階では、まず作業なり動作なり、そのものをある程度身に付けた時点で、あらためて指導を加えると効果的な部分といえます。そもそも、もう内容を知っている事柄の意味付けのほうが分かりやすいからです。ところが、得てして、入ったばかりの新人さんに対して、持論や精神論を熱く語って聞かせようとする店長さんが少なくありません。

ただし、中級者以降の継続的な指導場面になると、

○ 先に新たな意味付けを提示した上で
○ 実際の作業に反映する

という流れ、または、新たな意味付けによって今行っている作業方法を改善するといった手法も有効になると思います。いや、「有効」というか、これは「必要」と言ったほうがいいかもしれません。

これは、前に言ったように、中級以降のスタッフさんには、「方略」の存在を意識し、これを常に発見してもらうように誘導したいからです。だいぶお店に慣れたから、とか、ある程度仕事を覚えたからいちいち動作まで言及しなくてもだいじょうぶだろうとか、そういう理由によるのではありません。

意味や目的を動作や行動に落とし込む

という「方略」そのものを習得してもらわないと、より高度な業務遂行や、方針理解、そして創造的な発見や改善、課題解決といったレベルの仕事が期待できないから、必要なわけです。

また、特に「横の意味付け」に関しては、手法として必ずしもOJTでなくても可能です。現場的にはたいていOJTを通じて場面、場面で個別に施されることが多いかと思いますが、これだと押し付けがましくなりがちな面もありますし、時間もかかります。ですから、

○ OJTによって教える、というよりも
○ OJTと絡めながら教える

というイメージが近いかと思います。場合によっては、放任的指導スタイルの採用、自己啓発を促進したり、自己発見した問題意識や目的などを話し合う、などいろいろ工夫する余地が生まれます。

以上のように、OJTに限定しても、その目的は大きくいってこの3点

1 習得(明確な達成基準)
2 修正(回復と向上)
3 意味付け(縦の意味付けと横の意味付け)

のすべてを含むということになります。そこに、さらにOJT以外の指導方法が絡んできます。その全体が、お店で行われる「指導」というものなのですね。

と考えると、どこに重点を置くか、どうコストを割り振るか、そして、それぞれをどのように実施すれば効果的か、ということも再考の余地がかなり出てくるのではないか、と思います。いかがでしょう。
そもそも論
自己啓発などを除き、いわば組織から提供される指導といえば、それはOJTとOFFJTに2分されます。どちらも、さまざまな場面で継続的に施されますが、今、特に、「これから仕事に就く」という場面を考えると、そもそもごく本来を言えば、仕事をするからには、

基礎的な実務能力や必要な知識をすでに得てから現場に立つべきだ

という考えが成り立ちます。お店でも、よく

「お店の制服を着て、売り場に立った時点で、プロとして振舞わなければならない」
「お客様にとっては、新人も、アルバイトでも、みんな同じように販売員なんだ」

というような言い方をするでしょう。

極端な例をいいますと、例えば、戦時中に軍隊に入ったとします。すると、ごく当たり前ですが、何の予備知識も訓練もないままに、いきなり実践に投入された場合の「危険度」は非常に高いと思うでしょう。下手したら何の役にも立たないうちにすぐ死にます。

だから、ある意味、絶対に「事前の準備」が必要だといえます。

それで、事前、ということになると、それはOFFJTしかありえません。つまり本当なら、十分なOFFJTによって、職務上必要な知識と、ある程度の模擬的な訓練を経て、その後現場に配属されるべきだということになります。と考えると、もともと、OJTというのは、非常に急場しのぎの、言ってみれば「省略された指導方法」なのではないかという気がします。これは少なからず当たっている面もあります。

しかし、言うまでもなく

実践だからこそ得られる知識も経験もある

というのは真実で、お店ではもちろん、他の職種でも、現在はむしろOJTのほうに多くを期待する傾向があるのは周知の通りです。

先に言ったように、OJTが一番有効なのは「修正」です。だから、目的に照らせば、たとえば

1 習得そのものはOFFJTによって行い
2 修正をOJTで行う
3 意味付けは、またOFFJTで行う

というのが、最も有意義な指導の形といえるかもしれません。
OJTの汎用性
ところが、ひとつ言えることは、原則ほとんどの場合

OFFJTによって指導できるとすれば、OJTでも指導できる

ということです。実践に投入した場合の問題点はもちろんあるにしろ、前に言った軍隊の場合のように、失敗したら即死、というような極限状況ではないわけで、単に習得することだけを考えれば、OFFJTでしか習得できない作業、業務、というのは想像しにくいことは確かだと思います。ですから、いきおい、お店などでは、指導の中心はOJTということになります。

ただ、実際にはOJTの手法そのものが時とともに精密化し、高度化してきたという面もあります。つまり、OJTは、確かに最初はOFFJTの代替手段だったのかもしれませんが、長い間多くの職場で行われるうちに、いわば進化してきたと考えられます。

その観点では、結局ポイントは

○ OFFJTを施した後、現場に投入するのと、
○ 現場に投入してからOJTをするのと

どちらが、または、どのバランスにするのが最も生産性が高いか、という兼ね合い問題です。

さらには、これは現場への投入段階でのみ考えられることではなく、勤務しているすべての人が、OJTとOFFJTをどういうバランスで、どういう順番とタイミングで得ることが最も効果的か、という問題になります。

もちろんそれだけではありません。今、一般にどんな職種でもOJTが大幅に取り入れられているのは、

OJTにはOJT特有のメリットがある

と思われているからでしょう。
OJTの有利性
昨今あらためて注目されているように、OJTには一般的に言っても

○ それぞれの能力とペースに合わせた、具体的できめ細かい指導が可能
○ 実際の業務を見ながら覚えるので、理解しやすい
○ その場で、理解しているかどうか、できているかチェックもしやすい
○ 教える人とのコミュニケーションが密になり、仲間意識が芽生えやすい
○ 定型化、標準化されていない、個人スキルや暗黙知も伝達できる

といった有利さがあります。これらは裏返せばOFFJTの弱点ということにもなりますね。

民間の、一般企業でOJTが、体系的な制度として完備されているような組織はほとんどないといってもいいかもしれませんが、たとえば、たまたま配属された現場で非常に優れたOJTを施されるとすると、それはかなり幸運です。こういう幸運な環境に恵まれるとその職場にいる人たちは、驚くほどに「習得→修正→意味付け」の流れをスムーズに与えられるので、ある意味実力とは無関係に、

「すごく仕事ができる集団」

といった感じになります。こういう状況は、OFFJTにいくら力を入れている組織でも、それだけでは実現できないのではないでしょうか。いわばOJTの魔法、といったところです。

こう考えると、もしOFFJTがなくても、OJTがある程度整っていれば何とかなりますが、逆の場合、つまりOFFJTだけを施して、現場で有効なOJTをほとんど受けられない、ということにもしなったとすれば、期待されるメリットは半減します。

今では、OJTは代替手段どころか、むしろより重要で、効果の高い指導方法だと考えられています。
OFFJTの欠落
ところが、一方では、実際にはお店ではこういったセリフがまかり通っています。つまり、ごく初期的な指導を1日~2日受ける他は、

「分からないことはその都度聞いてください」
「お客様に聞かれて、対応できない場合は、その場で誰かに教わってください」

つまり一番簡単な、そして、多くのお店で実際に採用されているOJTとは、

「やりながらその場で覚えていけ」

ということで、特に「教えられる」という感覚もないままに現場に放り込まれるという意味です。これは、言ってみれば

単純にOFFJTが欠落しているのと同じ状態

であり、こういう方法を採っている(とっているというより、成り行きでそうなっている、といったほうが近いかもしれませんが)お店は、要するに、業務の習得やスタッフさんの成長や向上が

本人任せになっている度合いが大きい

といえると思います。

「できるヤツは、ほうっておいてもできる」
「だめなヤツは、いくら言ってもだめ」

という話になります。前のたとえで言えば、こういうのは、十分な味方の援護も、弾除けもないまま実戦配備されるようなもので、この状態では、多くのスタッフさんはお店で戦死してしまいます。つまり、とんでもないミスをやらかしたり、そうでなくても、早期に自信や意欲を失ってすぐ退職したり、業務や接客の規準を崩壊させる要因になったりするということです。

OFFJTによって指導できるとすれば、OJTでも指導できる

と言いましたが、これはOFFJTとOJTがあったとして、このうちの

OFFJTの部分をごっそり削除しても、何とかなる

という意味ではありません。
OFFJTは必要か
一方で、OJTをやっている最中にしばしばあり得るのが、

「お客様がいるので指導に集中できない」
「業務を進める必要があるので、指導に時間を割いていられない」

といった問題です。しかし、そういう言葉の中には、指導という行為を、他の業務と完全に分けて行えばうまくいく、というようなニュアンスが読み取れますね。これは、あえていえば

「OFFJTだったら上手くいくのに・・・」

という願望を訴えていると同じような意味になります。もしそれが本当だとすれば、今度は効果的なOFFJTを取り入れることを考えなければなりませんが、そもそもOFFJTには弱点があるのです。つまり、OJTのメリットの裏返しなのですが、OFFJTというのは一般に

○ 対象者全員に対してまとめて行うので、個別対応が難しい
○ 抽象的になりやすい、実際の場面がイメージしにくい
○ 理解度、達成度のチェックが難しい
○ 対象者が興味を持たないことがある、飽きる
○ そのためだけに別途時間、コストを割かなければならない

といった特徴があります。とすると、単にOJTがやりにくい、という理由で安易にOFFJT化を望んで効果があるかというと疑問ですね。これは極端に言うと、実践では他人にかまってられないから、訓練済みの兵隊を送り込んでくれ・・・という悲鳴のようにさえ思われます。

「お客様がいるので指導に集中できない」
「業務を進める必要があるので、指導に時間を割いていられない」

という問題は、OFFJTにすれば解決する問題というよりも、あくまでOJTの範疇の課題と考えたほうがよさそうです。
OFFJTの主な意義は効率
では逆に言って、OFFJTに特有のメリットはないのでしょうか。と考えると、私はまず

○ いっせいに全員を対象に行うことができる

という点を思い浮かべます。たとえば、比較的大きな企業などで、新入社員がある程度まとまって入ってくるというような場合など、対象者が大勢同時期に集中している場合には、初期的な指導だけをOFFJTによって行うほうが「効率的」になるわけです。ただ、これは何というか、単純に

束ねればコストが逆転する

というだけの話で、要するに「質的な」メリットではありません。

そこで、もう少し内容的な面でのメリットを思い浮かべると、たとえば

○ 明らかに「指導されている」と自覚できる
○ 実践で起こりそうな失敗をあらかじめ回避できる
○ 共同作業、議論、チーム分け、ロールプレイング、といった、複数人が必要な指導手法が使いやすい
○ 同期意識、仲間意識、または競争心をあおることができる
○ 対象者を相対評価できる

といったメリットは挙げられます。ところが、これらはあらためてよく考えると、もしやろうと思えば現場でもできる、つまり、OJTの中に取り入れることによってその効果を期待できるものが含まれているような気がします。

極論すれば、つまり、私の考えでは、OFFJTの優位性は第一に、

全体として、指導コストを下げ、効率を上げる

という点に集約されるのです。ですから、この意味で単純に言えば、まず

OJTよりもコストがかかるくらいだったら、OFFJTはやめるべきだ

と言えるでしょう。
OFFJTを補完するOJT
OFFJTの第一の有利さは効率にあります。ですから、ある程度、経営規模が大きくなってきた場合や、新規採用者を一気に大幅に増やすといった場面では考える余地がありますが、通常、ひとつのお店の運営を単体で考える際にはOFFJTはあまり有効ではないことになると思います。

つまり、お店で効果的に人材のスキルや能力を向上しようとするときには、たとえば今OJTがうまくいかないからといって、それをOFFJT化すればもっと良くなる、とか、そもそもOFFJTがないから人が育たないのだ、とかいうわけではないのです。それより、いかに効率よく、効果の高いOJTを施すかという面を先に考えるべきです。

考えるべきなのは、

本来のOFFJTの部分も補完するOJT

です。その大きなポイントは、要するに新人さんをいきなり戦死させないことです。初期指導ではこれが鉄則になるかと思います。

そして、その後の継続的な指導に至っては同時に少しずつでも

OJT特有のメリットを十分に引き出す

ことを考えることになります。
OFFJTのメリット
ただし、お店単体ではふだんあまり想定できませんが、比較的大きな規模の組織になると、実はOFFJTには効率以外に重要なメリットがあります。それは、まず

OFFJTは、職務上の指示命令系統を離れた関係下で行われる

ということです。つまり、日常常に接している「上司」とかが教えるのではないから、職場での関係や思惑が反映されにくいわけです。このことが、ある場合に従業員やスタッフさんのモチベーションを大幅にアップさせたり、自己啓発を意識したり、また、現状に縛られずに仕事を俯瞰したり・・・というきっかけになることがあります。

ただ、これはメリットであると同時にデメリットとなることもあり得ます。原則として、本人がそのOFFJTを受け入れなければ何の強制力も発揮しないからです。また、先に述べたように、必要であれば、評価者と指導者が分離している状況を作ったり、個別に対応すればOJTであっても同じような効果が期待できます。

もうひとつ、考えられるのは

現時点で組織内に存在しない知識やノウハウを外部からすばやく調達できる

という点です。OJTは常に現状の組織内で、現場での実務に依存しながら指導するわけですから、当然、今存在しない知識やノウハウはほとんどもたらされません。ですから、新たな技術や、改革的な考え方を組織内に持ち込もうとするときには、それを自己発見するよりも、外部から調達してくるほうが効果的です。その場合には、OFFJTのほうが対応しやすいということになるでしょう。

ただし、この意味でのOFFJTに参加して効果がある人というのは、どちらかというと

○ いつも指導を受けている人、ではなくて、
○ その後、そこで学んだことを教える側の人


です。むしろ、この場合すでに内部的にOJTが十分に機能している必要があるのです。

以上のように、多くの場合、実はOJTがある程度高度に実施されているという条件下でこそ、初めてOFFJTのメリットも出てくる、ということになるわけで、もしOFFJTについて検討する必要があるとすれば、それは、たとえば、職場の状況が思わしくなく、知識やスキルの伝達がうまくいかないから、回避的にOFFJTに頼る、というのではなく、おそらくもっと次元の違う課題に取り組むときなのです。
OJTとOFFJTの狭間
ところで、一般に、いわゆるOFFJTと言うと、職場とは別の場所で、集団で座学などを行うイメージがあります。

しかし、ではたとえば、通常の勤務中に、ちょっと作業を中断して場所を変え、説明や口頭での注意を与えたり、座って話し合ったりする行為・・・たとえばこれは、もちろん大きなくくりで言えばOJTの一部なのですが、純粋にOJTと言えるでしょうか。ちょっと区別したほうがいいような気もします。

と言って、じゃあこれはOFFJTか?と考えると、それも違うような気もします。そこで、たとえば、

「職場内で適時発生する、現場を一時的に離れた指導」

という区分をひとつ別に想定してみたらどうでしょう。つまり、OFFJTのように、全員にいっせいに、完全に業務を離れて行う、というわけではないにしろ、

○ 今やっている作業なり、業務なりをいったん離れる
○ 時間を割いて口頭での説明、注意、議論などを行う
○ 通常の勤務状態から離脱する

といった場面を、OJTともOFFJTとも区別します。こうすると、まずOJTとは、

○ 指導側が、作業をやって見せているか
○ 被指導者が、実際に作業をしているか

という場面だけに限定されることになりますね。これを「狭義のOJT」「典型的OJT」とか言ってもいいのですが、とにかく、OJTと呼ぶ範囲をこのように限定してみます。そして、それ以外の少しOFFJT的な場面、つまり中間的な位置づけの指導方法を想定して、たとえば

「IJT=Interval-of-the-Job Traning」

とでも呼んで区別してしまったらどうでしょう。まあ、呼び方は別にどうでもいいのですが。

OJTとOFFJTの狭間
Interval‐of‐the‐Job Traning
指導の形式を仮に、OJT、IJT、そしてOFFJT、と3つに区切ってみます。

例えば、前に述べた「導入」、つまり新人さんが出勤初日に事務所に通されて、最初に受ける説明の時間などというのも、OJTの範囲で発生する場面でありながら、厳密には作業中ではないため、狭義のOJTではなく、区分で言えばIJTになるわけです。

また、たとえばこういうことがあるでしょう。新人さんが、レジを覚えなければならないのでけれど、レジの前に立って、あれこれ指摘してもなかなかできない。何度言っても、実際にお客様がレジに来て、やってみようとすると、まるで頭が真っ白という感じになってしまう。仕方ないので対応を変わってあげる。やらないと覚えられないのだけれど、やる、という以前のところで立ち尽くしてしまう。何度かそうやっているうちに、元気がなくなってきて、もう対応どころじゃなく、緊張と挫折感で泣きそうになってる・・・とか。

こんなとき、指導する人はたいてい、

「ちょっと、落ち着こうか」

とか言って現場を離れさせ、事務所かどこかに連れて行って緊張を解きほぐしながら、じっくり説明し直したりするでしょう。たとえばこういう場面は、厳密にはOJTが中断されています。つまり「IJT」の範疇になるわけです。

お店をやっていると、こういうことは時々起こります。また、こういう特殊な状況でなくても、指導熱心な店長さんは、ことあるごとにスタッフさんを呼んでは説明指導、お説教をしていることでしょう。

このような、厳密にはOJTかどうか微妙な部分を、あえて区別して位置付けると、今まで流れの中で一括りに考えていたさまざまな指導場面が、それぞれに明確に認識できると思うわけです。
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