店長力 > 2007年02月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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業務として捉えよう
「忙しくて、指導まで手が回らないんだよ」
「ああ、もっと時間があったら、いろいろ教えてあげたいんだけど」

こんなのが、口ぐせになっている店長さんはいませんか。

でも、こういう言い方はよく考えるとおかしいです。なんというか、店長さんには、自分の仕事がたくさんあって、それが多いがために、指導がおろそかになっている、ということですよね。

しかし、そもそも従業員指導は仕事に含まれているはずです。別に全部店長さん自身が実行しなくてもいいのですが、誰が担当するにしろ、これらはお店で行われる「業務」です。

繰り返しますが、指導とは、親切とか、ついでとか、ではなく、要するに仕事だということです。

もちろん、仕事の範囲なのか、違うのか、と境界線のあいまいな事柄も出てくると思います。全員に対して日々行われる指導と、特定の段階で特定の人に行われるべき指導があり、個別に対応を変える部分もしばしばあるでしょう。でも、それは、他の業務にしても同じことです。とらえどころのないもののように感じるかもしれませんが、必要な業務である、という前提で考えるとすっきりします。

業務と考えると、今度は、その含まれる内容、それぞれにどの程度プライオリティを置くか、また、主にそれを行うべきなのは誰か?といったことも明確になってきます。それこそ店長とか、お店全体の管理にある程度責任を持っている人でなければできないような指導もあるでしょう。しかし、一般のスタッフさんが行っても問題ないような「研修」「指導」だって相当程度あるはずです。

それは他のすべての業務だって同じことなのです。

私は区別のために「管理的指導」という呼び方をしていますが、これは、とにかく誰かが常にやらなければならないもので、言ってみれば、新人さんがお店に入ってきたら管理的指導をする、というのは、商品が納入されたら検収して陳列するのと同じようなルーチンワークです。各スタッフさんに対して継続的にOJTを施すのは、売り場が乱れてきたらフェイスアップするのと同じことで、本質的にはいわゆる「メンテナンス業務」、ただ、その対象が人である、というところが違うだけです。
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4STEPトレーニングとは
OJTというと、たいてい、

1 やってみせる
2 説明する
3 やらせてみる
4 できるようにする

というような手順で行うのが王道である、と言われます。4STEPトレーニング法、などと呼ばれます。企業やチェーンによって多少バリエーションがありますが、たいていこれと類似した手順を「正しい指導のやり方」として推奨されるのではないでしょうか。

山本五十六は、

1 やってみせて
2 言って聞かせて
3 やらせて見て
4 ほめてやらねば
5 人は動かず

という名言を残したそうです。私は、学生の頃アルバイトしていた飲食店の本部の会議室に、この言葉が額縁に入って飾ってあったので、何となく覚えていました。

もちろん、「偉い人だなあ・・・」というような感想は持ちました。しかし、実は私は、この言葉を見たとき、実は、

「建前としてはそうだけど・・・本当かな」

と、ちょっと違和感を持ちました。

なぜなら、私はその時点では、アルバイトのホールスタッフとして働かせてもらっていましたが、その立場で、この4STEPトレーニングを実際に受けた、という記憶がないからです。

もちろん、余裕のあるときには教えてもらうこともあるのですが、それも口頭での説明がほとんどで、できているかどうかを確認してもらうということもなかったように思います。実際やってから、「違うよ!」と叱られることはありましたが・・・

とにかく、日々その場で指示されたことを夢中でこなして、言われても分からない事はその場で聞いたり、忙しいときには勝手に判断して、後で叱られたり・・・
4STEPトレーニングは有効か
ただ、私はそんなとき

「もう少し、丁寧に説明してほしいな」
「実際やる前に言っておいてほしかったな」

あるいは、

「誰に質問したらいいのかな」

ということは感じましたが、たとえば、すべての作業を、いちいち

1 やってみせる
2 説明する
3 やらせてみる
4 できるようにする

と手順を踏んで教えてもらいたい、などと思ったことはありませんでした。むしろ、仕事なんていうものは、

1 大まかにすべきことを知り
2 自分でやってみて
3 判断に迷うようなことがあったら聞き
4 そのときだけ的確に説明してくれれば
5 そのうちできるようになる

知ってか知らずか、多くの職場では事実上こういうステップで実際に作業の習得が行われていると思いますし、働くほうも何となくこれを受け入れているというか、歓迎しているというか。

もちろん、これは一アルバイトスタッフであった時の私の気持ちであって、お店からすれば、それ以上の何らかの指導効果を出したいのであれば、それなりに何かするでしょうが、少なくとも、もし、作業レベルの指導において、全部を綿密に4STEPトレーニングによって指導されることを想像すると寒気がします。はっきり言って、いやです。
指導はコストである
多くの人が、人に教えるということを特殊な行為だと感じています。しかし、指導というのは、お店で発生する多くの業務のひとつです。となると、他のすべての業務がそうであるのと同じく、指導についても、具体的な方法論とともに重要な点はコスト感覚です。

だからこそ、今まで述べた中でも触れたように

○ 今必要な情報だけを与える
○ 効果の高いところに集中する
○ 全体像を俯瞰する

といったポイントを重視すべきだと思うのです。

しかし、このように考えると、いわゆる4STEPトレーニングなどのご丁寧な指導方法は、すぐさまコスト過剰を招くように感じられます。これに限りませんが、物の本などに書いてある指導のノウハウといったものも、

「そりゃ、そうだけど・・・それができれば苦労はない」

という話で、活かされることなく終わってしまうものが多いように思います。つまり、仮に指導の方法論としては正しいと思っても、実際やろうとすると

「割に合わない」

ような気がするわけです。それで、何となく理想的な姿を心に描きながらも、実際にはそれとはまったく違った方法をとり続けてしまうわけです。

多くの管理者や指導者が、

「本来だったら、こうやるべきだ」
「だけど、今は無理だから、こうなってしまう・・・」

というような流れで考えていると思うのですが、私は、その理想と、実際の両方を疑ってみる必要があるように思います。
教える立場から見ると
今見ても、たとえばFC本部のトレーニングマニュアルなどには、当然のように

「4STEPで教えろ」

というようなことが書いてあります。それを読めば、

「ま、そりゃそうだわな」

と一応思います。でも、私もコンビニの店長になる時、FC本部の「店長研修」なるものを受講したわけですが、その際、店長として行う業務の一つひとつを4STEPで教えてもらってはいません。

ところが、自分が指導しなければならない立場になると、

「しっかり丁寧に指導すれば、みんなきちんと仕事してくれるだろう」

という抽象的な予測というか、願望みたいなものを先に持ってしまい、それを前提に、上手な教え方、というものを考え始めます。

「自分は、常に教える側だ」

という固定的な観念があるから、指導を受ける立場の人が望んでいることや、自然に感じる気持ちを忘れて、

「こうすれば指導は必ずうまくいくはずだ」
「こうやらないから人が育たないんだ」

と思い込んでしまう面があると思うのです。すると、必要な作業を一つひとつを4STEPトレーニングによって確実に習得させる・・・というような方法が、

「本来的で、理想的な姿である」

と、何となくイメージしてしまい、全部そうやって教えるのが、指導の完成形、などと考えてしまうことになると思うのです。

しかし、それは理想でもなんでもないです。つまり、ここで言っていることは、

「本当は理想なんだけど、何らかの理由があって、その理想が実現できない」

という話ではありません。

「そもそも理想でもなんでもないものを、漠然と理想のように思っていることが多い」

という話なのです。
指導方略の選択
ところで、私は、だから4STEPトレーニングはダメだ、無意味だ、と言いたいわけではありません。

あらためて考えても、4STEPトレーニング法が

「割に合わない」
「重たすぎる」

と感じるとしても、では、それとまったく違うOJTの手法を想定できるか、人員の能力向上の手法として、根本的に異なるものを開発できるか・・・といえば、やはりそれは困難です。別に山本五十六じゃなくても、指導、特に現場でのOJTというものを一般的に考えれば、

1 やってみせる
2 説明する
3 やらせてみる
4 できるようにする

これらはどれも重要なポイントであることは明白です。ですから、私も、最も基礎的な説明としては、これはやはり正しいのだと今は思っています。

実は問題は、これを、すべて一括りに

「OJTの理想的なやり方」

として捉えてしまうところなのです。


そうではなく、これは、ある作業を「できる」状態にするための

ひとつの典型的な方略である

と考えるべきなのではないでしょうか。つまり、いつもすべての対象に対して完全にこれを当てはめようとするから、おかしなことになるわけです。たとえばですが、

1 やってみせる

というのは、その内容や、相手の理解能力によっては必ずしも

○ 完全に熟達している人が
○ すべての過程を
○ 一連の流れとして
○ 全過程に口頭での説明を加えながら

・・・やってみせる必要はないということです。
完全な4STEPトレーニングは幻想
だからこそ、完全に熟達した人が教えなくても、今それを覚えたばかりの人が教えても特に問題ないということにもなるわけですし、誰でもOJTに参加できる余地があるわけです。

特に、人に任せた場合にはアラが見えやすく、不十分に感じるものです。

もちろん、ともすると誤った説明や、おかしな動作が入るかもしれませんが、それでも十分な場合というのもありますし、また、それは後にチェック可能なことであって、

1 やってみせる

という段階においては特に問題視する必要はない、かもしれません。そもそも完全な、最高のものを見学しないと習得できない、ということはぜんぜんありません。

「そうするのが、理想的な指導の姿だ」

と勝手に執着しているだけかもしれません。

また、たとえば、ひとつの作業の流れの中でも、

○ 見たら一発で分かること
○ 言葉で説明するだけで覚えられること
○ 自分で繰り返し行うことで初めて分かること

等が混在しているのがふつうです。すると、全部説明しながらやってみせる、というのがそもそも意味の薄い場合というのが比較的多く発見できるはずです。乱暴に言えば、

○ ぜひ、「やって見せる」ことが必要だという部分

だけをやって見せればいいし、そうでなかったら端折ったほうがいい、または、その部分を他の手段で伝えられないか考えた方がいいということです。

別のところに書いたかもしれませんが、私はいつも、たとえば

「指導中に、口で説明しすぎるな」とか、
「今言わなくていいことは言うな」

また、

「全部一人でやろうとするな」
「チェックに一番時間を使え」

というようなことを、指導のコツとして強調していますが、こういった注意が必要なのは、たいてい

全項目の完全な4STEPトレーニング

を前提に指導全体を考えようとしているからです。そう考えていると、むしろ実際にはいつも例外や穴が生まれてくるわけです。そうではなく、4STEPトレーニングというのも典型的で、確かに効果的な場合があることを認めながら、しかし、指導内容の「切り分け」を少しずつ明確にし、その内容に応じて最適な指導方略を選択してゆくことが、OJTの効果を向上させてゆくと思うのです。
OJTの対象は全業務か
教える側は、かなり理念的に、何もかも大切、どれも絶対に外せない、などと考えています。ても、では実際には、思っている通りに過不足なく指導できているかといえば、疑わしいと思います。

それほど理想的なスタッフ教育を実現できているお店は、私が知る限りあまり存在しません。

大きな企業のHPや、求人案内の記事の中でも、

「その後、配属となり、OJTによって・・・」

という表記が見られますが、こういう記述を見ると、私などは感覚的に、

「内容が明確に決まっていないのでは?」

という印象を持ってしまいます。一般的な認識としては

○ 内容が決まっていない、ということと、
○ OJTの内容は、職場で起こりうる全行為

というのは、ほぼ同じ意味だということです。そして、多くの人も職場も、

「まあ、それがOJTというものなんだよ」

と考え、受け入れているわけです。OJTを現場にまかせっきりにしていると、やることなすことすべてに、細かい指摘を繰り返すだけでほとんどの指導時間を費やしている場合すらありえます。これはむしろ、OJTすべき内容、教えるべき内容が決まっていない場合に起こりがちです。

結果的に発見された点だけを修正する

のがOJTということになってしまう。しかし、程度の問題ですが、仮に丁寧に指導した場合と、ほとんど指導を加えず自力でやらせた場合と、結果的にほとんど差異がない、というのであれば、今あわてて教えなくても、時間が解決してくれるのであればそれでいいわけです。

もちろん、全部いい加減に教えたらおかしくなるのは当然ですが、一方で、早急に教えなければならない事柄もあります。これは、指導力とか、「教え方」の問題ではありません。そもそも

漠然と、OJTの範囲を「仕事全部」だと思っていることが問題だ

といいたいわけです。
指導側の思惑と現場の不満
ところで、現場ではいつも、指導に関して同じような不満や議論が繰り返し起こります。前に私がアルバイトしていたときも感じましたが、多く聞かれるのは

「もう少し、丁寧に説明してほしいな」
「実際やる前に言っておいてほしかったな」
「誰に質問したらいいのかな」

といったものではないでしょうか。これはもちろん、ひとつにはOJTをその場しのぎで行っているとしばしば出てくる声だと思います。

ところが、こういうこともあります。指導する側は、現場の声を過剰に意識してしまうのか、それとも、指導を受ける側の思惑など無視して押し付けるからなのか分かりませんが、往々にして、

なるべく網羅的で、完全な指導体制

を作ろうと力みすぎてしまうのです。すると、指導する側が想定している「良い指導」と、受ける側が

「もっと、こういうふうにしてほしい」

と思っている点がぜんぜん一致していないために、作りこめば作りこむほど余計不満が多くなっていったりします。一方、教える側、その制度なりを作った側は、

「こんなに指導制度に力を入れているのに、何が不満だ!」
「俺たちの頃は、こんな指導は受けられなかったけど、もっとやる気があったぞ」

などと考え始めます。要するに「チグハグ」なのです。すでに言いましたが、お店で起こるすべての作業・動作を、すべて完全な4STEPトレーニングによって行う、というような「教える側本位の」イメージを前提に考えると、どうしてもこうなってしまうと思います。
部分的にOJTから外す
それで、私はむしろ逆に考えたほうがいいと思うわけです。つまり、通常の研修とか、OJTのそれぞれについて改善しようとする時には、まず

「何を外せるか」

という視点で考えてみるのです。いわば、消去法です。そのほうが、指導される側の望んでいるものに近くなると思いますし、結果的には、どの部分が不可欠な、重要な部分なのかを絞ることもできます。

不必要な部分をすっぽり抜かしてしまう、という大胆な策はなかなか実現しないとしても、指導というのは、ひとつの継続的な流れです。たとえば、OJTがOJTだけで完結している必要性は別にないわけです。部分的に

○ マニュアルを整備して、読ませる
○ 単に他のスタッフが行っている作業をそのまま見学させる
○ 動作と同時に使う「言葉」だけを先に練習させる

というような工夫はすぐできます。これは、ある意味で

4STEPトレーニングの、部分的な代替手段

と考えれば分かりやすいかも知れません。とにかく、多様なツールと手法、そして周囲の仲間の協力を組み合わせながら、それが

全体として「ひとつの指導内容」として完結していればいい

わけですね。そのために、

○ 部分の切り分け、と
○ 全体像の整合性


の両面から、理想のあり方と、現実の可能性を検討することが有効だと私は思います。
前提としての定型化
先に述べたように、指導業務全体を俯瞰して、OJTとして行う部分、そのうち、4STEPで行う部分、行わない部分、また、ある方略が不可欠な部分と過剰な部分・・・というように切り分けてゆけば、内容はかなり明確にでき、過剰な労力やコストも排除できるはずだと私は思います。

ただ、このように考えるといっても、そのためにはまず、ある程度内容や方法がすでに「形として決まっている」ことが大前提です。もちろん、その都度判断する事柄は多々発生すると思いますが、それはある意味でどんな業務でも当然起こりうることであって、前提があってこそ、例外的判断も必要になってくるという話です。

つまり、理想や方向性などを決める以前に、多くの場合まず必要なのは、

そもそも今いったいどうなっているのかを、目に見える形にすること

です。

もし、店舗の業務改善や、人材の育成を外部の専門業者にアウトソーシングするとします。すると、おそらくどんな業者でも間違いなく最初に行うことは、まさに「現状把握」であるはずです。

ところが、内部にいると、現状というのは「すでに分かり切っていること」のように思えてしまいます。本当にそうでしょうか。おそらく、改めて質問されると、実際には「よく分からないことだらけ」だと思います。

また、分かってはいても、それは「否定すべき状態」だと感じていることが多いため、どうしても目を背けたい気持ちになります。ですから、たいてい、問題を感じている人ほど現状を無視して、

「こうあるべきだ」
「こうだったら、上手くいくはずだ」

ということから考え始めます。あるいは、

「こうだからダメなんだ」
「これが問題なんだ」

と。これだと厳密に言うと「現状把握」じゃなくて「現状評価」です。往々にして、現状把握が不完全なために、問題のポイントがずれていきます。

このように、冷静に現状を見つめなおす機会を意識的に作らないと、そこに現実との乖離が生まれます。理想を持ったり、改善を志すこと自体は良いのですが、そのためには、一度あえて理想やイメージを捨てて、とにかく今実際に行なわれているOJTの内容を、純粋に把握しなおす作業から始める必要があると思うのです。

仮に、すでに研修マニュアル等のツールがすでに揃っているお店の場合でしたら、まず、そのマニュアルと、日常典型的な行動との間に乖離がないかどうかをチェックすることから始めればよいと思います。

問題は、今特にマニュアルも何もない、という場合です。こういうとき、お店では、いきなり現状を無視した、理想に近いツールやマニュアルを作成しようとしてしまいます。

「どうせ作るのであれば・・・」

と考えてしまうわけです。しかし、これでは、大掛かりな作業になってしまう上に、作ったところで機能しにくくなります。
定型化作業に徹する
ですから、とにかくごく大まかにでも、

現状行われている指導の流れや、今必ずOJTを行っている項目

をざっと書き出します。そして、それぞれについて、大体において誰が、何を使って、どれくらいの期間で行っているか、などを再確認していきます。

やろうとすると、必ずと言っていいほど、

「これはダメだ」
「ここは何とかしなければ・・・」
「ああ、お話にならない・・・」

という考えが頭に浮かんできます。しかし、定型化、あるいは、標準化について、実際的なコツを言うとすれば、

1 まず現状そのものを定型化し、
2 次に「何を外せるか」を考え、
3 その後で、「さて・・・」と改善や工夫を少しずつ落とし込んでいく

ことです。これを、まったく別の作業と考えて、区別して行うことです。

気持ちとしては、その現実にあるものを改善したいわけですが、この時点では、いくらいいアイディアが思いついたとしても「今やっていないこと」を書き足さないことです。ここで、今やっていないことを含めてしまうと、正確な現状把握ができなくなるでしょう。

○ 前にはできていたが、今現在できなくなっていること
○ 前から、ぜひやろうと思っていたこと
○ 他店の成功事例や、効果のありそうなノウハウ

なども、現実にはすべて「今やっていないこと」に含まれます。むしろ、考えていたのに現実にできていない事柄というのは、何か別の理由や問題が隠れている場合がありえます。

往々にして、書いたものがなく、店長さんなどが頭の中だけで把握している、というような場合には、今やっていることと、やっていないことの区別があいまいになりがちです。ですからここでは、とりあえず「見える形にする」ことだけを先に済ませましょう。

その後、一番決定的な問題点から順に、少しずつ改善を試みてゆけばいいのです。
指導項目のバランス
さて、次にたいてい問題は、作業単位で習得項目を想定しようとすると、どうしても、働き始める最初のほうに項目が集中してしまう、ということです。それが自然発生的に、初級レベルのスタッフさんへの指導コストの集中を招いてしまうとか、さまざまな問題と絡んでいるように思います。

もちろん、お店としては

早く、一通りの作業ができるようになってほしい

という切実な願いがあります。これは当然といえば当然ですね。しかし、現実にはどうかというと、多くのお店では

一通りの作業ができるスタッフさん

がごく少数で、あとのスタッフさんには常に誰かが見ていないとお客様への対応や、細かい判断すら任せておけない、というような事態が発生しています。全部理想的なOJTを提供するはずが、実際には

「え?そんなことも知らなかったの?」

ということがしばしば起こります。さて、

「一通りの作業」ができるスタッフさん

という場合の、一通りというのは何を指しているのでしょうか。まずそれをある程度明確にしなければならないでしょう。お店で覚えなければならない作業は多岐にわたります。通常考えられる「一通り」というのが、すでにかなり重いのではないでしょうか。

実際には、この「一通り」の条件をかなり下げないと現実に合わないというお店が多いと思います。
「一通り」の内容を削減する
私などもかねがね思うことですが、コンビニでアルバイトスタッフさんに覚えてもらいたい作業、たとえば、レジでのお客様対応に限ったとしても、これをすべてOJTによって、丁寧に一つひとつ教えてゆくとしたら、たぶん半年とか、相当長い期間が必要だという印象があります。単に作業、動作レベルでのことだけを考えても、です。

ところが、一方でアルバイトさんの勤続期間は、ともすると数ヶ月から半年、長くても数年です。はっきり言って、

「一通りの作業ができるようになるまでの期間」

のほうが、

「一通りできるようになってから、退職するまでの期間」

より長い、ということになりかねません。これでは、何のために指導してるんだか・・・ということになってしまいます。

そう思うと、何か起こるまで教えなくていいや、聞かれたらその都度教えればいいや・・・などと思いたくなります。すると、店長さん自身が作業をこなすことに終始しがちになり、また、既存のスタッフさんへの不満ばかり募っていきます。

それでも、お店の日常業務は某か成立しているようにも思えるでしょうが、長期的に見るとそれでは「向上」とか「改善」とは無縁な、不平不満の多い、オペレーションが雑なお店になっていきます。

すると、もう指導する気もなくなってきて、スタッフさんの定着率がもっと下がってきて慢性の人手不足に陥り、店長さんの休みがなくなって、もっと指導がおろそかになり・・・と悪循環にはまっていくわけです。

そこで、先に述べたように、

「もっと、こういう指導が必要だ」
「ここも抜けているから追加しなきゃいけない」

というふうに、どんどん内容を増やすことばかり考えずに、まず、極力

「ここから何を外せるか」

ということをじっくり考えてみるのがひとつ有効な手法になります。追加はいつでもできます。むしろ、今やっていることを「やめる」というのは意識しないとなかなかできないのです。

同じように、もうひとつ

「何を後回しにできるか」

ということも考えられます。必要といえば必要だけど、それは今すぐ緊急に必要な事柄か、それとも、もっと後から知っても影響の少ない事柄か、ということで、これは、教える順番に関わってきます。

相当期間、ここまでを整理して、その上で初めて、

「さて、ウチのお店で、決定的に抜け落ちているのは、何か・・・?」

といった問題に着手すればいいわけです。
問題は教える順番
さて、今、たとえば最低限の「一通り」教えなければならない内容が確定したとします。すると、理屈で考えれば、その中からランダムに覚えていくとしても、一定期間が経過すれば、一通りできるスタッフさんになるはずです。しかし、実際にはそううまくいきませんね。

まず、スタッフさんは、すべてを覚える前に退職するかもしれません。また、自分ができそうな、やりたいと思う作業だけは覚えますが、いやな作業は覚えることを避けるかもしれません。また、スタッフさん毎に、できる業務とできない業務がばらばらに存在していると管理が大変です。

OJTの即効性を考える場合には、「習得順序」つまり、覚えてゆく順番が問題になってきます。これは、もちろん大くくりでも必要ですが、実は、一つひとつの作業項目、また、より細かい習得動作、項目そのものにも明確に順序付けしておくほうがよい、と私は思います。

効率の面だけでなく、何と何をどういう順序で覚えてゆく、ということが示されないと、教えられている本人が

「今の状態がいつ、どうなったときに終わるのか」

が分かりません。すると、単純に

「試用期間が終わったら指導も終わる」とか、
「いつの間にか、何も言われなくなってきたら、一人前」

というような認識しか持てなくなります。これは、その後の継続的な指導のやりやすさとか、指示、命令の受け入れ方とか、それこそ本人の仕事に対する意識などにも影響してしまいます。

だから、お店で行われるOJTの内容は、項目を特定するだけではなく、状況によって多少前後するにしても、あらかじめ

「全体として、何をどの順番で覚えればよい」

ということを順序付けて設定しておくべきだと思うのです。それによって

「今は、いつまでにどの作業を覚えればよい」
「これが終わったら、次は、これか・・・」

ということも明確になります。つまり、全体像と、今時点ですべきことの両方が見えるようになります。
複数の流れを作る
ただし、教える順番といっても、それは常に現場の都合が絡んできます。たとえば、指導順序としては後回しになっているような項目でも、今他にできる人が不在なため、早急にやってもらいたい業務というのが発生したりします。

もちろん、原則があるからといって、いかなる場合も例外は許さない、などと考える必要はありません。しかし、例外というのは、特に何かの理由があって意識的に行なわれるから「例外」なのであって、原則のないところには例外も何もありません。

ところが、実は、唯一の統一された順番、と考えると、かえって原則そのものが崩れやすくなります。これだと、「例外の発生」というより「原則の形骸化」に近くなってしまいます。

ですから、細かい習得項目の順序には何種類かのバリエーションがあるほうが実用的です。たとえば、「Aコース」「Bコース」といった選択肢を作っておくのが有効なのです。コンビニで言えば、

○ レジ中心コース
○ 売り場中心コース

とか。またはテーマ性を持たせるとすれば

○ クオリティ追求コース
○ サービス追求コース
○ クリーンネス追求コース

といった選択肢も面白いかもしれません。上の例は単なる思い付きで挙げたに過ぎませんが、習得順序が全員に対して単一のパターンである必要はないのです。

たとえばですが、今現在オペレーションの徹底や、既存スタッフさん全体のレベルの底上げが必要だというような場合なら、最初、入り口が分かれていて、最終的には一致する、という流れがいいかもしれません。とりあえず早期に「分業」がしやすいからです。

逆に、ある程度役割や待遇を差別化したい場合や、中級者、上級者の指導に力を入れたい場合などは、初期は全員が単一の課程を通過し、その後分岐する流れも考えられます。

また、特殊な役割を与える場合、たとえば、既存のスタッフさんとまったく違ったレベルを期待する場合や、初めから「店長候補」として勤務する場合などですが、あえて別のプログラムを設定するということもありえます。その場合には、それなりのメソッドを別途作ればよいわけですが、これにしても、通常のパターンがしっかりあればこそ、特殊な設定も整合性をもって準備できるのだろうと思います。
指導順序の設定方法
そこで、では実際に何から順番に教えていったらいいでしょう。

現場での経験則から、自然発生的に研修内容が何となく出来上がっている、というお店も多いと思います。案外ですが、なりゆきでやっていても、まあ日常困らないような一定の形が出来上がるものです。

しかし、これはそのまま、それが「限界である」という意味にもなります。ですから、もう少し意識的に考える必要があると思います。

ところで、指導する項目の「順序」は何を基準に決めたら合理的でしょう。すると、最初たぶん、

○ ごく簡単なことから教える、か
○ 一番重要なことから教える

などを思いつきます。どれも一理あるような気がしますが、では、たとえば「簡単」とは、どういう意味でしょう。

お店で仕事をするにあたって、ごく初期に覚えることが、簡単なことばかりとは思えません。逆に、ごく上級者が行うとされている作業であっても、やるだけなら非常に簡単なこと、というのもあるでしょう。

お店に限らず、仕事というのは勤続年数が増えるほど、または、地位が上がるほど内容的に難しくなってゆく、と単純には言えません。また、本人の置かれている状況によっても「難しさ」という認識の仕方そのものが流動的です。

「重要」と言っても、仕事なのですから、どれも重要です。内容として重要なのと、責任が大きいこととも単純には一致しません。むしろ、現場的な作業ほどお客様に直接かかわりますので、ある意味責任重大です。

また、何が重要かは、今お店が置かれている状況によって変動するような気もします。今、店長さんなりが重要だと思っていることが、3ヵ月後も重要かどうかはよく分かりません。

・・・などと、このようにあらためて考えると、何だかしっくりきません。つまり、OJTの順序を決める基準がはっきりせず、人によっても考え方が違ってくるから、

「別に、今のまんまでいいんじゃない?」

となってしまうのです。
定量的に決めよう
他にも、それぞれの作業や動作の意味や目的、その指導を通してスタッフさんに訴えたいこと・・・これらももちろん考慮すべきだと思えます。店長さんなりの教えやすさや、自分なりの表現なども含めると、結局、指導者の主観や、興味などが反映されていきます。なぜか、そうやってどんどん複雑化していくと、結果的に

「現状が一番合理的なのだ」という気がしてくるから不思議です。

現実のやり方がなかなか変わらないのはこういった理由によるところも多いのではないでしょうか。そこで、もし、「覚えるべき作業」の順序付けについて、みんなの意見が食い違ったり、店長さん自身が悩んでしまったりするようなら、いったんこのように考えてみてはどうでしょう。それは、原則

より頻繁に行う作業ほど先に教えるべきだ

ということです。こう考えるとごく単純、ある意味機械的に順序付けできるはずです。理屈で言えば、「何から教えるべきか」を考えるには、

スタッフさんが、採用されてから退職するまでにその作業を何回行うか

という点だけを考えればよいのです。そして、原則的には、その

やってもらう回数の多い順

にOJTを施してゆくのが最も効率的です。

初めは、このようにごく単純に、数値的に考えて、教える順番をいったん決めてしまうわけです。すると、たとえば、今までは新人さんへの初期研修で必ず教えていた作業であっても、案外、後回しでいいのではないか、と思えるものが出てくるかもしれません。

また、今まで、ひとつの業務としてまとめて考えていたものも、

2つのレベルに割る

という工夫ができるかもしれません。同じ作業でも、一部を知っていれば、ひんぱんに対応できるという場合があります。ただし、全部知っていなければ対応できない部分が何割か発生するからややこしいわけです。ですから、ここまでは頻繁に繰り返す動作だが、ここから先はそれほど発生しない、という区分がもしできれば、それらは必ずしも同時に習得しなくてもいいわけです。

このようにして、必要な指導項目を、先入観を持たずにいったん全部並べてしまいます。

やってみると、それはそれで特に不都合なく見えると思います。その後、重要度、または、方針やテーマ、実行上の便宜といった問題を加味して、特に効果があると思えば修正していけばいいでしょう。
思い入れを疑う
ごく単純に考えれば、入って間もないスタッフさんに、日頃あまりやらない作業を先に丁寧に教えても、それ自体にたいした意味はないわけです。しかし、もしかするとそれは、教えている側が

「この作業は、やるのは簡単だが、大きな意味がある」
「働く上で、ぜひ言っておきたいことと関係がある」

という、いわば「思い入れ」があるために最初に指導するのかもしれません。つまり、全業務を熟知している立場から言えば、その「意味付け」において重要だ、ということを知っているから重要だと思えるわけです。または、店長さんなどが、そこに某か自分の「個性」「色」を出したいと考えている場合もあります。

ですが、教えられている側は、最初にわざわざ教えてもらっても、それを再度行う機会がないうちに退職してしまったらまったく意味を成しませんし、そうでなくても、しばらくやらなければ、次々に覚えることが蓄積するうちに、最初に習得した内容は記憶のかなたに飛んでしまっているのです。

OJTは、作業の習得を通して考え方や仕事の心構えといったものを理解させる、体得させる、という効果を期待する面もありますが、教えられている側の意識は、たいていの場合「やること」そのものに集中してしまいますから、思惑通りにはいかない場合が少なくありません。習得内容そのものを忘れ去ってしまった人が、そこに含まれていた意味だけをずっと忘れず保持している、というのはほとんど考えられないことです。

一般的に、仕事に就くと、

「そう言えば、研修のときやらされたけど、それ以来1回もやってないなあ」

という経験をします。あなたも思い出してみるとそういうことがあったのではないでしょうか。それで、

「やり方は忘れたけど、あの時教わった『意味』だけは、ずっと役に立っています」

なんてことがそんなにあるでしょうか。私はないです。そういう事柄について意味や目的など日常考え直すことはまずありません。

それよりも、多くの場合人は、先に動作や作業内容を熟知して、後から意味をくっつけるのです。
伝えたいこと、にも順番を付ける
そうは言っても、最初に言っておきたいこと、とか、ある作業を通して伝えたいこと、というのが少なからず存在するということは、私も理解できます。

ただし、まず

それ自体、OJTによらなければ提示できない内容か

という点で疑問があります。たとえば、

○ 面接の時に言っておけば済むことでは?
○ マニュアルに書いてあったらいいのでは?
○ あるいは、規則として明示したほうが効果的なのでは?

また、仮に、OJTを通して示す方法が最も効果的だという確信がある場合でも、そもそも、実務方略や、より高次の精神論的なことも、挙げればたくさんあるはずですで、その「伝えたいこと」にも順番が想定できるはずです。

店長さんの思い入れや、お店で働いてもらうために理解しておいてほしいことというのも、それは決して「たった1つ」ではないでしょう。逆に、それがたった1つだったらOJTで教えなくてもいいでしょう。たった一つ、これだけは重要だ、ということが限定されているのであれば、それはむしろ、たとえば、採用された段階で、落ち着いた場所でしっかり目を見て話せば、それで済む話かもしれません。

むしろ、ふつう店長さんは、頭の中でたくさんの「重要事項」が思い浮かんで、

「何からどういうふうに訴えかけたらいいのか・・・」

と迷うような状態にあることが多いのではないでしょうか。その場合、これにも同じように順番が重要な意味を持つわけで、結局、

常に必要となる「伝えたいこと」

ほど先に伝えるべきだということになります。いくら大風呂敷を広げても、それが、実際働いている中で最初の段階から常に必要な内容かどうかは疑わしいです。もし、今の段階ではあまり影響のない事柄、または、ごくたまにしか意識に上らないような内容だったら、それは後回しにするのが原則ということになるのでしょう。
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