店長力 > 2006年03月
いらっしゃいませ(^^)
店長の仕事を考える、コンビニ店長の店舗運営マニュアルブログです。
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面接時の質問事項
面接時によく見られる、避けたほうがいい質問をいくつか挙げてみると、ひとつには

就職差別につながるものや、個人的なことで好ましくないもの、また、結果的に合理性なく採用結果に影響を及ぼす可能性があるような質問は避けるべきということになります。

これらは、具体的に当局から指導文書も公開されているので、一度目を通しておくべきかと思います。

ただし、実際の採用現場では、このような情報が「採否に全く影響しない」と断言できるか、といえば疑わしい面もあります。理想を言えば、そういった話題を避けてもきちんと評価できるような方法を考えるべきですが、少なからず空論に過ぎる感も否めません。

たとえば、学生さんの場合、クラブ活動などが、日常の勤務に大きく影響するであろうことは容易に想像がつきます。フリーターであれば、なぜ就職しないのか、とか、他にどんな活動をしているのかは当然仕事に影響すると考えられます。他にも、通勤距離、生活状況や収入、スケジュール管理は大丈夫か、といった面からさまざまな事柄に関心を持つのは当たり前でしょう。

どこまでが必要な情報であり、どこからがいけない質問かを区分することはかなり難しく、伝えるニュアンスや、受け取り方によっても変わってくるでしょう。

そこで、私が思う、最低限必要なことは、

その質問が、採用やその後の勤務にどんな影響があるのか、それが仕事と何の関係があるのか、ということを相手に示す

ことだと思います。聞き方として、たとえばクラブやサークル活動その他によって勤務の日程がひんぱんに変更されることはないのか、その他の事情によって、急に退職したり、時間管理が難しいということはないのか、という点を懸念するのであれば、まず、こちらがそれを問題にしていることを説明する必要があります。

「クラブ活動は何をしてますか」
「練習は結構ハードなんですか」

とだけ質問するのではいけないということです。仮に何らかの意図や、はっきりした理由があって聞きたい事柄でも、そのこと自体をきちんと示さなければなりません。つまり、質問が一方的であって、相手にとってその質問の意図を理解するために必要な情報が抜けている、ということでしょう。つまり、それはある意味で横柄な態度のひとつなわけです。

意図が伝わらない質問は、

○意味不明な詮索
○興味本位の発言


と受け取られても仕方ないのです。それは、質問内容というより説明の不足に問題があるわけです。
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せっかくの履歴書
「履歴書に、写真を貼って持参してください」

面接する側にとってはごく当たり前の要求だと感じるものです。しかし、わざわざ用意させておいて、実際にはほとんど意味を成さない、ということはありませんか。

もちろん、

「ちゃんと準備できる人かどうか」
「字はきれいか」
「空白が多くないか」

といった点を確認するという意味はあります。しかし、わざわざ本人のことをいろいろ書かせたのは、そのためだけですか?

たとえば、

「修正ペンで直してある」とか、
「年号が統一されてない」

といった、ありがちな点を指摘することもたやすいのですが、そういうことだけで採否を決めるのも短絡的過ぎるでしょう。特に、まだ若いアルバイト希望者の場合、まともな履歴書を作成すること自体がけっこうな作業です。程度問題ですが、お店で働くために必要な資質は、それだけでは決まりません。

また、履歴書は、面接時に言葉を切り出すきっかけのようなものだ、と考えている店長さんもいると思います。また、ざっと目を通して、

「へえ、サッカーやってるんだー」
「前にも、同じような仕事してたんですね」

という感じで履歴書の内容に触れることもよくありますが、その程度の情報を取るのに、わざわざ書かせたのか、とがっかりします。

「履歴書を見ただけでは、その人は判断できないよ」

とよく言います。しかし、往々にしてそう言う人に限って、履歴書なんてぜんぜん考慮せずに採否を決定するのではないですか?なんだか高慢に過ぎませんか?
履歴書をよく読む
何のために履歴書が必要かを、私なりに言うとすれば、それは

面接の内容を決定し、さらに、時間配分、会話の構成などを組み立てるため

です。このためには、実際に面接する前に相当程度にしっかりと履歴書を読む必要があります。そこで、問題は、

実際に面接する時に履歴書を読むことになる

ということです。

そこで、前に、面接の際説明しなければならないことは、あらかじめ文書化しておくのがよいと言いましたが、場所と時間が許すなら、面接者がやってきたら、まず履歴書を預かり、同時にその説明文書を渡して読んでもらっておくのがよいと思います。

その間に、こちらは履歴書をじっくり読む時間を作るわけです。できれば、いったん席を離れて読んだほうがより効果的です。

それで、こちらが想定する業務や、期待する役割、またお店で勤務する場合の基本的なルールに抵触するような問題が発生する可能性はないか、といったことに思いをめぐらせておきます。それに基づいて、

では、面接で何を知らせ、何を聞くべきなのか

ということを頭の中で構成する余裕を持つのです。それから、あらためて面接を始めます。

この間、ただ待たせておくのは互いに時間の無駄になります。その意味でも、ツールとして読んでもらう文書があったほうがいいのです。
履歴書は重要書類
ところで、案外よくあるのですが、次の方を面接するときに、前に面接した人の履歴書や、面接記録などが出しっぱなしということはありませんか。

何人も続けて面接するとき、履歴書をデスクに積み重ねたままにしているとか。個人情報がそのようにぞんざいに扱われるのは問題があります。

極端に言えば、お店に存在するさまざまな書類の内、他人から預かった履歴書というのは、最も機密性が高い「重要書類」だという認識を持ってほしいと思います。売り上げレポートとか損益計算書なんかよりも、よほど慎重に扱わなければならないと思います。

当然、誰もが取り出せるような場所に保管すべきではありませんし、本当に、採用するかどうかを真剣に迷って、既存のスタッフさんに相談したい場合であっても、スタッフさん自身が、そういった情報の機密性が高いことを十分承知しているのでなければ避けるべきです。

ましてや、面接が終わるとスタッフさんたちが集まって、勝手に履歴書を見て、

「あ、この人学校○○だ。頭いいんだね~」とか、
「あ、この子、かわいい」

などと言い合ったりしてませんか。著しく不適切な行為です。そんな興味本位の噂話で盛り上がるために、まだ採用してもいない他人の情報をそのように扱うのは、管理者として前提的な何かが狂っていると思います。一応念のため。

また、もし不採用であった場合には、いったん預かった履歴書は郵送で本人に送り返すほうが賢明でしょう。「こちらで破棄します」と言っても、それは相手から見れば口約束に過ぎませんし、実際、きちんと責任を持って破棄しているお店ばかりではありません。

「責任を持って破棄する」とは、

いかなる情報も誰にも漏れないようにする

という意味です。たとえば、何か月もその辺のファイルに閉じておいて、大掃除の時にファイルごと一般ゴミと一緒に出す、というのでは「責任を持って破棄」したことにはならないのです。

以前は、面接者の履歴書は、不採用の場合でも一定期間保管しておくのが通例となっていたと思いますが、現在の通念では、個人情報は、合理的な理由があるにしても、その特定の必要性に限って使用すべきものであるというのが一般的です。そうすると、勤務していないのに履歴書をいつまでも置いておくのはむしろ問題があると私は思います。

知り合いのある店長さんは、一時、履歴書はもらわずに、お店独自のエントリーシートのようなものを作成して、面接する方に記入してもらっていました。すると、たとえば正確な住所は書かずに、通勤するときの最寄り駅だけ書けばよいとか、個人情報は必要最低限に絞ることができます。正式に採用された段階で必要な情報をあらためて取れば事足りるからです。事務が煩雑になるので現在は行っていないようですが、とてもよい方法だと私も思いました。考える余地はありそうです。
声の出し方を見る
すでに言いましたが、採用するポイントではなく、「落とすポイント」をしっかり念頭に置いたほうがよいと思います。

そこで、お店で働くにあたっては絶対条件とも言えますが、そうでなくても、何を販売するにしろ、どんな層のお客様であるにしろ、「声の出し方」というのは非常に大事だと思います。

もちろん、それだけでうかつに判断はできませんが、応募者の現状を考えると、極端に言えば、「しっかり声を出せる」というだけで非常に有望であることは間違いないでしょう。

私のお店では、すでに面接のときに、実際に売り場に立ってもらい、「いらっしゃいませ~」と声を出してみてもらうことがあります。

座って話していると、

「お声かけが大変大事ですが、大きな声を出して接客できますか」

と聞けば、まず全員が、

「だいじょうぶです」

と答えます。時には、

「前にもお店できつく注意されていたので、できると思います」
「スポーツをやっているので、大きな声を出すのには自信があります」

などと、ご丁寧に説明してくれます。

ところが、そこで

「じゃ、実際にやってみてください」

と言ってやらせてみると、ほぼ全員ができません
最初できなくても
ただ、初めから大きな声でお客様にしっかりお声かけが出来ないのは、ある意味仕方のないことです。たとえ経験者でもです。お店の事情や雰囲気もつかめていない段階で、また、まだ実際に働くのかどうかも定かでないのに、いきなりすばらしい第一声を期待するほうが無理だとも言えます。

そこで、実際には問題は、勤務するときに結果的にきちんと声を出す人になれるかどうかです。

そこで、これは疑わしい、というタイプをいくつかあげると、まず、

「緊張してしまって・・・」とか、または
「今日はのどが痛くて・・・」

というように言い訳をするタイプの人がいます。何にせよ、このように

「今だけ、例外的にしっかりお声かけができないのだ」

というニュアンスのことを言う人は、つまり今後常に例外的なお声かけしかできない、と判断してまず間違いないでしょう。

または、「自分は元来声が小さいのだ」と主張する人もいます。

言っておきますが、もともと地声が大きいかどうかはほとんど関係ありません。お店で必要なのは、単なる「音量」ではないのです。こういう人は、期待できません。ただし、そこでわざわざ「地声の大きさは関係ないんだ」ということを説明する必要性もありません。採用しないのですから。
採用したいタイプ
もうひとつは、逆に、問題があるけれども、とにかく声量だけは十分ある、というタイプの人です。実は、この人を採用してよいかどうかは短絡的に決められないのです。

さっき言ったことの裏返しですが、声は、大きければいいというものではありません。実際には、店内での声の出し方、お客様へのお声かけのしかたというのは、かなり複雑な要素を考えなければならず、ある程度の指導と経験が必要なものです。そこで、

「大きければいいんだろう!」

という意識でいる人はむしろ改善が困難だったり、考え方に問題があったりする場合も少なくありません。

私は、実際にお声かけを指導するときには、「大きく」とは言わずに「高く」と言います。最初は遠慮がちな、小さな声しか出せなかった人も、こういうとだんだんしっかりとお声かけができるようになっていきます。

私が採用したいのは、どちらかと言うと、

最初はうまくできなかったけど、少し練習している間に、きちんとお声かけができるようになった、というタイプの人です。

ただし、いつまでもできないのは別の問題を抱えていると見たほうがよいでしょう。10回くらい練習する間に、ある程度まともなお声かけが出来てくる、というのが一番自然で、採用するにふさわしい人物であることが多いと経験から思います。
返事の仕方
もし、現場の状況によって、面接時にそのような実践が不可能だとしたら、それに変わるポイントとしては、

返事のしかた

を注意深く確認する、という方法があるでしょう。これは、お店で働く場合に限りませんが、その人の基礎的な資質を見るために、「返事」ほど分かりやすいものは他にないと言えます。

特に、若い学生アルバイトではなくて、ある程度社会経験のある「大人」を面接する時には、私は重要なポイントと考えています。

そういう方は、ある程度物事をうまく説明したり、さりげなく自分をアピールしたりできるからです。そういう時、「話している内容」や「身振り手振り」といったものは、すでに演じられた、作られたものである場合が多いのです。

その場合、迷ったときなどは、あえて「返事」だけを絞って観察するのです。すると、ごまかされて見えにくい部分というのが案外はっきり見えてくる気がします。

単純に声が大きい、小さい、というのもポイントではありますが、他にも、抑揚、歯切れのよさ、笑顔など表情、目の方向、と観察すべき点は多くあります。

たとえば、全体としてうまく会話が流れているようでも、こちらが当然に返事を期待するタイミングでなぜか返事が抜けてしまったり、何か腹にあるような、妙にあいまいな返事をしたり、というように気になる点があれば、大いに疑ってかかるべきだと思うのです。

返事と同時に必ず笑いが入るとか、「はいはいはい~」というように何度も繰り返すといった場合も何かおかしいです。

いずれにしろ、会話の端々に現れる「返事」の部分に意識を集中することは有効です。今度からぜひ気にしてみてください。
勤務上の制約条件
たいてい、面接の終わりには

「何か聞きたいことはありますか?」

と確認するものです。そして、たいていは

「いいえ、今のところ特にありません」

で終わりです。ある程度面接慣れしている人は、形式的に1つ2つ、質問を用意している場合もありますが、特に重要な問題ではないと感じるようなことが多いと思います。

「まあ、詳しくは、勤務になってから・・・」

というような空気が流れます。

ただ、面接時に確認しておきたいポイントは、実はけっこう多いのです。特に、想定した業務や、役割にとって、「制約」となる点はないか、と気にしておくべきです。前にも言ったように、これはあらかじめ定型化されているのが理想的です。

制約というと、まず物理的な制約があるかもしれません。たとえば、

○交通手段
○自宅から来るのか、出先から寄るのか
○他に調整が必要な仕事や活動があるのか

といった点は必ず確認します。そして、

「日常的には、ある程度調整ができます」

といわれても真に受けてはいけません。たいてい、現実には、常に調整しなければならないのはお店のほうであって、スタッフさんではありません。

もうひとつ、心理的な制約というか、こちらが想定している役割を、本人が希望するかどうか、という問題があります。当初の業務内容に付いては雇用契約書で定めますし、ある程度明確に伝えることもできるのですが、たとえば、

「店長の方針などを、他のスタッフさんにも伝える」とか、
「お店で起こる問題について、いっしょに考えてほしい」とか。

そういったことを期待する店長さんは多いのですが、スタッフさんはたいてい、そんなことは仕事に含まれてないと思っています。つまり、そういうことは人間関係上の親切であるというような感覚を持っているのです。こういった面でのギャップは、勤務を始めてから埋められるというものではありません。

たとえば、実際に勤務を始めてから、必ずしも店長さんに協力的に行動しないスタッフさんというのは一定の確率で存在する可能性があります。注意すべきなのは、それには

1 店長さんのことが気に入らない場合
2 そもそも、そんなつもりはない場合

の2つがあることです。これは、ある意味で最初から決まっていることなのです。最初からそうなのに、面接でスルーしてしまうのは得策ではありません。
即決採用は慎重に
時折、

「わ、この人は非常にいいな。絶対に確保したい」

と思うような人が現れます。そういう時、場合によっては、面接時にその場で採用を「即決」することがあります。私もあります。これは、いわば例外的な方法なのですが、実際、採用を保留することで、その人が他のところに流れたり、時間を置くことで迷い始めたりするのを避けるためには有効な面があります。

ただ、これは、よく考えるとけっこう危険な行為だという自覚のもとに行わなければならないと思います。

なぜなら、一つには、たとえ口頭でもいったん採用すると伝えたからには、それを取り消すことは非常に難しいからです。約束が違う、ということになりかねません。

一方では、

「実際に働いてみないと、面接しただけじゃ、分からないよ・・・」

と言っていたのではなかったですか?即決採用は慎重に行わなければならないのです。

相手にとっては、素直に喜びたい反面、

「こんな安易な採用方法でいいのかな?」

というような疑問を抱かせます。場合によっては、

「誰でも採用されるんだ」
「なんだ、この店の仕事は楽勝だな」

というように、誤解される危険があります。たとえ、

「あなたは非常に有望なので、例外的に即決します」

ということをしっかり説明できたとしても、そうなると、今度は、相手は「非常に有望だ」という前提で仕事を始めることになります。それがプラスに働くかどうかは未知の問題です。

往々にして、店長さんの言う「有望」とは、いわば

「磨けば光るかもしれない」

という意味です。これに対して、スタッフさんは「有望だ」と言われれば、

「すでに十分に能力が評価できる」

というふうに受け取ってしまいます。で、有望だからこそしっかり指導しようと店長さんが鼻息を荒げるほど、そのスタッフさんは、

「正当に評価されていない」
「有望だといったのに、何でこんなに厳しく言われるんだ」

などと感じてしまうことになるわけです。

要するに、店長さん自身が、自分の仕事、特に、指導力とかコミュニケーション能力とかいった部分でかなり自信があれば勝負してもいいかと思いますが、たとえば、採用後、そのヒトが結局ほったらかしになる、というような状況が予測されるのであれば、即決するのはデメリットのほうが多い場合もある、と私は思います。
試用期間を設けよ
これと関連して、採用に当たっては必ず試用期間を設けることをお勧めします。正式に雇用してしまうと、被雇用者は法律によって守られる存在になります。それが悪いことだとは言いませんが、雇用者から見れば、必ずしも好ましくない事態に陥る可能性は否定できません。

もちろん、人情としては試用期間中だからといってばっさり契約解除、というわけには行かないことも承知しています。しかし、はっきり言って、現実には、雇用者がスタッフさんの仕事を判断して何らかの結果を示す猶予は、試用期間だけだというくらいに覚悟しておいた方がよいのです。

その期間を経過した後でいくら文句を言っても、ほとんどの場合、雇用者の主張は正式には通りません(それで、非公式に無理を通すことになるわけですが)。つまり、後は、なだめたりすかしたり、脅したり騙したり、という手しかないと心得てください。(決して、それを勧めているわけではありませんよ。そうならないために、という意味です。)

ちなみに、試用期間というのは、時間的に区切ることももちろんできますが、たとえば、

「この研修が終わるまで」とか、
「ここまでの業務を覚えるまで」

というように内容的に定めても、合理的な範囲であれば許されます。たとえば、ごく初期的な作業マニュアルを用意して、これができるようになるまでは研修期間であり、また、同時に期限も定めて、それまでに設定した内容が習得できない場合は試用期間終了と同時に、雇用契約を破棄する、というようにすることもできます。

ただし、それ自体きちんと文書化しておき、きちんと説明し、相手がそれについて十分納得しているということを先に確認する必要はあります。
働く環境を整える努力
最後に、余談ですが、昨今私どもコンビニを初め

「アルバイトスタッフが集まらない」

という嘆きが大きい職種がいくつかありますが、その大きな理由のひとつは、採用条件・評価・待遇、賞罰、また、現場レベルのルール・マニュアルから一つひとつのオペレーションに至るまで、案外きちんと決まっていないというイメージがあるように思います。それが漠然とした不安を生んでいると思うのです。

これは私の感じからくる仮説に過ぎませんが、一昔前のコンビニ・ファミレス・ファーストフードでのアルバイトと言えば、

○働く時間が選べる
○ルールとマニュアルでがんじがらめ
○行う作業はすべて教えてもらえるし、難しくない

というようなイメージが持てました。もちろん、反発もありつつ、しかし、これらのイメージに支えられていたからこそ、学生やフリーターを初め多くの人がその職を求めたのではないか、と思えるのです。つまり、こういったイメージが、各店舗の人員調達を容易にする方向に働いていたのです。しかし、今やそれが崩れてしまった。今、おそらく多くの人は、働く場所としてのお店を

○店長の資質や性格によって、当たりはずれが大きい
○業務は複雑多岐で、接客も厳しい割に待遇が悪い
○慢性的な人手不足で、好きなときに働くというわけにもいかない

というように思っていないでしょうか。これは大きな変化であり、問題ではないか、という気がしてなりません。頭で考えると、

ルールが明確で、裁量の余地が少ない

ということを嫌う人が多いかのようなイメージがありますが、それは一面的な見方だと思います。

たとえば、既成概念を逸脱したり、壊したりすることこそクリエイティブで、仕事のやりがいもそこにある、というのは確かに一理あります。ただそれは、そもそも既成概念があるという状態に対する「反応」です。いわば、リアクションとしてのクリエイティビティです。

真の意味で、無から有を生む、というような意味でのクリエイティビティを、すべての人が仕事に対して望むかどうか、と言えば、実は非常に疑わしいと私は思います。少なくとも、そういったレベルにいたるまでには、たくさんの経験や、能力が必要でしょう。

多くの店長さんが、型どおりの仕事を嫌い、マニュアルを否定し、スタッフさんの自主性・創造性といったものを引き出すように努力なさっていると思います。しかし、それは本当に有効な努力か、あまりに希望的で一面的ではないだろうかと私は懸念しています。

店長さんが考えていること、FC本部が考えていること、そして、働くスタッフさんが考えていること、お客様が考えていること。

こういった面から、あなたのお店の職場環境というものをもう一度見直すことが、人員確保の根本的な課題だと言えないでしょうか。(終)
マニュアル否定論
お店には、たいていルールマニュアルがある。ごく少人数で運営する家族経営的なお店を除けば、何らかの形でマニュアルが存在しないお店の方がむしろ珍しい。

「野球にルールがなかったら?」
「道路交通法がなかったら?」

ありがちだが、あえてこんな質問をしてみると、もちろん

「それは正論。でも・・・」

という話になる。マニュアルを否定する人は少なくない。ただし、マニュアルを完全に不必要だと言い切れる人は少ない。

であるにもかかわらず、

マニュアルは、期待するほど有効なものか

と聞けば、おそらく意見がかなり分かれるだろうと思う。ある人たちの間では、

「マニュアルでは、お客様の望むようなサービスはできない」
「マニュアルでは人は育たない、人は動かない」

といった、一種の信仰のような動かしがたい固定観念がある。

また、

「マニュアルどおり仕事をするのが嫌だ」
「マニュアルなんて使わなくても仕事はできる」

といった声も聞かれると思う。はっきり言うと、こういう人は、有効かどうかは直接的には関係なく、とにかく自分がマニュアルに「支配されること」を拒絶したいと思っている。

つまり、マニュアルを否定的に言う時、その中には

○マニュアルというものの有効性を疑問視する意見
○マニュアルに従いたくないという感情論


が混然と含まれている。そのため、マニュアルについて賛成か反対か、という議論を始めると、取りとめがなくなってしまうことが多い。

あらためて聞くが、マニュアルというものについて、あなたは、どういうイメージを持っているだろうか。おそらく、これについて語りだすと、各論的な意見はそれこそ収拾つかないくらいさまざまに出てくるのではないかと思う。
マニュアルの位置付け
そういうわけで、「マニュアル是か非か」という議論はたいてい不毛に終わる。

そこで、私が有効だと思うのは、「是か非か」ではなく、あなたはマニュアルを「上から見ている」か「下から見ているか」という問いかけである。

店長さんから、末端の販売員に至るまで、マニュアルというものに対するスタンスは、

賛成か反対か

ではなく、視点がマニュアルに対して

上か下か

という区別で分析してみることのほうが、より有意義だと私は思う。

ここで、ルールとかマニュアルといったものを「上から見ている人」とは、たとえば、マニュアルを作る立場の人、または、現場でスタッフさんを指導するためには、マニュアルをこういうふうに改善した方が良いとか、こういう使い方や説明をするのが有効だとか、そういう見方をする人のことだ。

そして、「下から見ている人」とは、典型的には

「こんなの、マニュアル通りにできるわけないじゃん」とか、
「マニュアル通りやってるつもりなんですけど・・・」

というようなことを言う人たちだ。つまり、マニュアルというものを、いわば自分の仕事を判定する道具にしようとしているような、言い換えれば、実際にそのマニュアルの対象となっている立場の人、と言えるかもしれない。

それで、とにかく自分はどっちなのかを考えてみて欲しいと思う。お店に存在する人というのは、肯定的であるにしろ、否定的であるにしろ、マニュアルという一線を境に、大きく上下に分けられているのだ。
なぜ、縛られている感覚に陥るのか
自分の仕事に対する視点が、マニュアルより上にあるか、下にあるか、という区分を試みたとき、「マニュアルに縛られている」という感覚に陥る可能性があるのは、もっぱら視点が「下」の人たちだけということになる。

そして、よく考えて欲しいのは、その人たちは、別に

下から見ることを強制されているわけでもなく、また、望まれているわけでもない

ということである。誤解があるといけないので言っておきたいが、視点が上か下か、というのは、今職場での地位が上か下か、ということとは直接関係ない。立場が下だから、必然的に視点も下になる、と私は思わない。

確かに、立場上自分の意見が通らなかったりするように感じる場面というのはあるかもしれない。

「お前らは、ただ従ってればいいんだよ!」とか、
「そう決まってるんだから、文句言うな!」
「余計なことに口を出すな!」

とか、そういう環境がありそうだということは、想像しがちなことである。ドラマとかでもしばしば見るシーンだ。ただし、私の見た範疇の話なので絶対とは言えないが、まさか、「意見は一切許さない」というような、前時代的な、封建的な経営を続けているお店が今存続しているとは考えにくい。少なくとも私は実際にはそういうお店を見たことはない。

また、万が一、そういうお店があったら、なぜ、それにもかかわらずあなたがそのお店で働き続けているのか、その方が理解に苦しむ。

もちろん、うまく伝わっていなかったり、立派なことを言っても実体が伴わなかったりすることはしばしばあるだろう。それでも、少なくとも前提として、多くのお店では、むしろ、働いているすべてのスタッフさんに、ルール、マニュアル、また実際のオペレーションについても、積極的に改善提案なり、建設的な意見なりを持って欲しい、と望んでいるはずだ。

とすれば、先に言った「下にいる人」というのは、ある意味自ら望んでその立場に甘んじているのだと言わざるを得ない。つまり、マニュアルに縛られるのは嫌だ、と言いながら、一方で、マニュアルによって制限された範囲内に留まっていることが自分にとって安全で、楽だとどこかで思っている。

ルールやマニュアルがおかしい、おかしい、と言う人、また、ルールやマニュアルがあることで自分が何か制約を受けている、というように信じ込んでいる人がもしいたら、ぜひ一度考えて欲しいと思う。
言動の結果を読む
「上から見る」ということは、具体的にはたとえば、

○このマニュアルに忠実に従った場合、お店の規準を満たすことは可能か
○どこかに不備はないか、実情の変化に合わせて修正すべき部分はないか
○何の説明もなくそれを読んだ場合、誤解しそうな部分や、理解できない部分はないか


といった視点から見るということ。そしてこれは、ベテランも新人もあまり関係がない。新人さんでも、マニュアルの趣旨や意図をうまく読み取って有効に活かせる人もいれば、逆に何年経っても、あいかわらず

「だってマニュアルがそうなってるから」
「マニュアル通りやってれば、文句は言われない」

などと言う人は言う。

このように、単に賛成か反対かではなく、それ以前に自分がマニュアルよりも上の視点を持っているかどうかのほうが先に重要な問題で、少なくとも、そうでなければマニュアルについて議論する意味がない。それによって初めて、少なくとも感情論ではなく、実質的な有効性について話ができる。

ただし、自分がどの段階にいるかによって、それなりの言い方がある。

ルールやマニュアルについて言及する前には、今までに述べたようなことを含めて、「発言する前提」というものを冷静に考えてみる必要がある。

もちろん、意見は持つべきだし、言わないでおくより言ったほうがいい。ただ言われたとおりに従っているのが得策だという考え方は、ある狭い範囲内では通用するが、それまでである。

ただし、よく考えて口に出すようにしなければならない。勘違いしやすいが、ここで言う「よく考えて」とは、たとえば

「こんなこと言ったら、店長に怒られるかな」
「評価が下がるかな」

ということではない。

本当に考えるべきなのは、あなたが、それをそういうふうに言ったことによって、

お店というシステムの何がどう変わるのか

ということである。

ちょっと分かりにくいかも知れないが、たとえば、それを言ったことによってお店は良くなるか、それとも悪くなるか、または、あまり変わらないか、というある程度の「読み」を持って発言する。

また、あなたという人がそれを言うことによって、周囲の人はどう思い、結果どう動くか、ということも考える。それによって発言のニュアンスも考慮すべきである。よく、同じような意見なのに、誰かが言うと非常に共感され、別の人が言うと相手にされない。というような場面がある。

誰がどういうニュアンスで言ったか

ということも、結果に影響するのは想像に難くない。それを、

「えこひいき」だとか
「好き・嫌いで決められた」

だとか言って非難するのはたやすいが、それは結局のところ「結果」に結び付かない発言ということになる。前にも言ったが、

「私が言っていることは正しい。あとはお前が何とかしろ」

というのは、自分本位の無責任な発言だ。それよりも、

今、自分がこの主張をするために、欠けているものはないか

というような視点を持つ。そして、その視点があるなら、たいていの場合自分の発言の結果について正確な「読み」ができる。自分がその発言をしたことによって、何がどうなるかということに一定の責任を持てる。

結果的には、そういう視点を持っている人だからこそ、

同じような意見なのに、非常に共感される

ことも可能になるのだと思う。
マニュアルは役に立たない?
お店でマニュアルに関して典型的な議論は、たとえば

「業務をマニュアル化しても、多くのスタッフさんが実行してくれない」

というようなものだろう。ここで考えるべきことは、

「だからマニュアルはダメだ」

というような十派一絡げな話ではないと思う。マニュアルに関してチェックすべき点は、

(1) マニュアルそのものの完成度の問題
(2) マニュアルの変更・更新の問題
(3) マニュアル化に適した業務の選択の問題
(4) マニュアルの実践・徹底の問題


というように分類できる。そして

「業務をマニュアル化しても、多くのスタッフさんが実行してくれない」
「マニュアルを作っても、実践・徹底できない」

という話は、あくまで結果であって、むしろ問題は1~3にある場合も少なくない。たとえば当然、ある程度完成度を持った、しっかり作りこまれたマニュアルを提示できるかどうかが、スタッフさんへの徹底度にも影響するし、すべての業務をマニュアルによってコントロールしようとすればそもそも無理がある。それはマニュアルの是非論とは関係ない。
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